研究助成プログラム
zaidanevent
財団開催イベント
情報掲載日:2024年8月2日
トヨタ財団×東京大学未来ビジョン研究センター
第1回 合同ワークショップ「環境と社会のつながりを考える」
2024年4月23日に東京大学伊藤国際学術研究センターにて、トヨタ財団・東京大学未来ビジョン研究センター(IFI)共催の合同ワークショップ「環境と社会のつながりを考える」が開催されました。トヨタ財団と東京大学未来ビジョン研究センターは、「つながりがデザインする未来の社会システム」というテーマのもと、若手研究者の人材育成のための協働事業プログラムを実施しています。そのプログラムに在籍するトヨタフェローであり、IFI特任研究員・特任助教である2名の研究成果をもとに、本ワークショップは「環境と社会のつながり」をテーマとして開催されました。セッションの前半では、トヨタフェロー2名がフィールドワークで体験してきた地域との関わり方、現場知と科学的な知の繋ぎ方、アカデミアでの立ち位置などの課題を共有しました。後半では環境分野において研究を続けられてきた3名の研究者をパネリストに迎え、環境と社会のつながり方を巡る問いや研究者としての心構え、研究手法が議論されました。
今回のワークショップは、グラフィックカタリスト・ビオトープの佐久間さん、松本さんのお力を借り、グラフィックレコーディングにて記録されました。
【チラシ】
*プログラムの開催概要はこちらからもご覧いただけます。
【プログラム(敬称略)】
14時30分 | 開会挨拶 | IFIセンター長:福士謙介 |
14時35分 | 第I部 | 〈話題提供〉 IFI特任研究員・トヨタ財団フェロー:江欣樺(チャン シンホア) IFI特任助教 ・トヨタ財団フェロー:佐野友紀 |
15時20分 | 休憩 | |
15時40分 | 第II部 パネルディスカッション・総合討論 |
〈パネリスト〉 東京大学農学生命科学研究科准教授:曽我昌史 東京都立大学人文社会学部准教授:深山直子 東京大学新領域創成科学研究科准教授:福永真弓 IFI特任研究員・トヨタ財団フェロー:江欣樺(チャン シンホア) IFI特任助教 ・トヨタ財団フェロー:佐野友紀 〈モデレータ〉 IFI特任講師・トヨタ財団フェロー:田代藍 |
17時00分 | 総括・閉会挨拶 | IFIセンター長:福士謙介 |
【第一部】
第一部は、IFI特任研究員の江 欣樺(チャン シンホア)さんの発表「水質保全における地域知・科学研究と政策形成のつながりを求めて」から始まりました。日々の生活に不可欠である水は、上流から下流まで、地域住民や行政、企業など、様々なセクターを跨いだ複雑な利害関係を含んでいます。水質問題に対する認識や理解が異なり、対立構造になってしまう事例も多くみられました。今回の話題提供では、日本で初めて水資源開発と水源地域開発の一体化事業となった「琵琶湖総合開発」を反対した「琵琶湖環境訴訟」を事例に、市民と行政の議論から、「科学的な知見」と「都合の良い主張」(例えば各自に有利な証拠やデータ)の間に生じる不確実な境界線を問い直しました。そこで地域知を政策設計にいかに反映できるか、さらに研究者は実践活動においてどのような役割を果たせるか、という課題を提起しました。
続いて、IFI特任助教の佐野 友紀さんの発表「農産物の市場内で継承・形成される知と、科学的な知のつながり方」に移りました。日本の卸売市場を代表とする生産者と消費者をつなぐ仲介者が、近年国際的な学術の場では注目されながらも、卸売市場を経由する農水産物の比率が減少傾向にあることや、卸売市場を介さない生産者からの直接販売の方が好印象と受ける消費者の存在など、日本ではその立場が変わりつつあるかもしれないことを紹介しました。この変化に対して、卸売市場を事例とした研究を通じて、経済・社会・環境の三側面から仲介者が果たす機能を捉えようとしています。しかし、それでも長い歴史の有する卸売市場に蓄積される分厚い現場知に、科学的な知はそもそも必要とされるものなのか、必要な場合、相乗効果を望める対話の仕方とは何か、という課題を述べました。
二人は異なる研究分野やテーマを持っている一方、共通の関心として、「現場知と科学的な知」、または「研究者と現場」の間に生じるギャップ、そして研究者の介入による「場づくり」の効果や作用に葛藤がありました。第二部ではそれらの問題意識に基づいて、パネリストの先生方と経験や知見を共有しながら、新たな「つながり」のヒントを探していきました。
【第二部】
第二部では、第一部で発表した2名に加え、パネリスト3名と、モデレーターを加えた6名でパネルディスカッションが行われました。パネリストには、東京大学農学生命科学研究科 准教授 曽我 昌史さん、東京都立大学人文社会学部 准教授 深山 直子さん、東京大学新領域創成科学研究科 准教授 福永 真弓さんにご登壇いただきました。モデレーターは、IFI特任講師・トヨタフェロー(当時)の田代 藍さんです。
まず、パネリストの3名から、ご自身の研究紹介と第一部の発表に対するコメントをいただきました。曽我さんは生態学の専門で、「人と自然の関わり」にまつわる心理学、疫学、都市計画学や環境教育学など、分野を跨いだ研究活動をしています。生物多様性保全の推進には、行政・地域住民・企業との連携が不可欠です。行政・地域住民・企業からデータをいただく代わりに、政策・活動の客観的根拠や学校での授業など、データ提供有者が利用できる形でお返しをすることで地域との関わりを深められてきました。研究と行政・地域住民・企業との連携によって、ローカルな課題を解決しつつ、グローバルな発想への昇華も目指そうと励ましの言葉を送ってくださいました。また、フェロー二人の葛藤に関しては、まずエビデンスに基づいた意思決定でも、専門知が全てではなく、地域知を重要な情報源として捉えるべきと助言しました。さらに地域とのつながりのあり方として、地域社会が現在直面している課題に対する提言だけでなく、「これから生じうる問題」の共有も大事だとアドバイスしていただきました。
深山さんは、小さい環礁の島々が直面する気候変動に関する研究をされており、文化・社会人類学をご専門としながらも「環境」に関する視点が重要だったとお話しされました。江さんの報告における「違い」、佐野さんの発表における「ギャップ」を軸に、2名の報告に対する気づきを整理いただきました。1.現場における複数の立場の人々のあいだ、2.複数の学問分野のあいだ、3.アカデミアと現場のあいだ、それぞれ完全に分離はできないけれど、整理する必要はあるのではないかと述べられました。同時に、2名の発表に対して、「違う」主体のあいだにおける不均衡な関係性、環境と社会という二分法に対する引っ掛かりもお話しいただきました。まず前者に対する先生のアンサーとして、ニュージランドにおける先住民運動をご紹介いただきました。ティム・インゴルド[1]の述べる「他者を真剣に受け取る」ことのように、国家や科学に現場知を取り込ませるのではなく、国家や科学そのものを変えていけるような議論の重要性と、研究者が一足とびに対話に持っていくのではなく弱い声・見えにくい立場を拾うことの大切さ・難しさをお話しいただきました。また後者については、クック諸島・プカプカ環礁の事例に、人間も環境の構成要因の一つにすぎず、人と人以外の生き物は不可分なのでは、すなわち、前提としてある環境と社会という二分法には限界があるのではないかと話されました。環境と社会が相互に改変し合いながら持続的に存続する姿を述べられました。
福永さんは環境倫理・惑星倫理学をご専門とされており、人と自然の関わりや社会システム(制度、技術、管理体制など)の導入について、存在論的、非・人間中心的立場から研究されています。「『つながらない』とはどういうことなのか」、というタイトルでコメントをいただきました。江さんの報告に対しては「死せる海」から「豊かな海」へと転換した須磨の海とワカメを、佐野さんの報告に対しては生き物の魚がサーモンという商品になるイチバ(市場)について、ご自身の研究に接続されながらコメントくださいました。研究者による目の前の現象の言語化は、現場の人(例えば住民や生産者)の言葉を押しのけてしまう力もあり、現場におけるパワーバランスの不均衡さに繋がってしまう恐れも存在します。アートなど言語でない表現の方が対象にとって真摯かつ誠実ではないかとお話しいただきました。また、現場知は、多様な個人・多様な集団によって構築された、複数の科学の産物ともいえます。社会における観察・行動と、学術における思考・分析の両側面から「問い」が生み出されるようになりつつある今、科学知は現場知と変わらないのではないか?と問いかけられました。
1社会人類学者。主な著書に『ラインズ 線の文化史』、『人類学とは何か』(原著2018)などがある。
2名のフェローおよび3名のパネリストの話題提供とフィールドワークをベースに、現場で「学んだこと」と「悩んでいること」から展開し、総合討論では参加者も含めて、環境と社会のつながり、つながりを作っていく行動のあり方、そして研究者自身の立場と理想像について議論を深めました振り返りをしました。
(1)そもそも環境と社会は既につながっている
学術や政策分野ではよく「環境」と「社会」を二分化した考え方をしていますが、人間も本来環境と社会の両方に埋め込まれていて、着目すべきなのは、それを分断するような力であり、批判的な視座でそのような観点の矛盾と限界を見直す考え方を提示しました。具体的な例として、生産者たちが作るモノは、市場を経由して、消費者が望むタイミングで目の前に届けられる「商品」になった一方、その裏にあった環境と社会(そして人々)が見えなくなりました。または防災のため川沿いに堤を建て、安全を確保しようとしたら、簡単に川に入って水遊びが出来なくなったことも、技術(堤)により社会と自然が分断されてしまう事例です。
また、自然資源や自然環境の保全には、単純に人間の活動をやめさせれば良いわけでなく、農林水産業の生産を維持しつつ、自然の豊かさも守られるという「バランスの良い関係」がポイントでしょう。特に養殖と林業では、人間の生産活動(魚やアサリの放流、伐採による森のお手入れなど)を通じて、自然が豊かになる事例もあります。そこで地域の人々は、いかに「良い環境」に対する認識やイメージを共有できることも、研究者のタスクになります。
(2)つながりの中で「違い」と「不均衡」の気づき
様々な地域社会で研究と実践活動を行う際に、つながりの「場」における主体、エビデンスと知識の多様性を認識し、その一人ひとりの主体の間に生じる権力の不均衡を意識する必要があると指摘されました。特に研究者たちは大学の肩書を飾って「現場」に入ったからこそ、専門知による支配を避けるように、対話の仕方や意見の捉え方に関する工夫が必要です。権力関係の視点から見ると、言語化(概念や理論、法律や政策などにすること)を通じた正当化という行動も、統治の技術と直結していると述べられました。それに対して、市民科学と連携し、人々の共感と将来の自分・地域・社会・環境などの「ありたい姿」を追求することも大事です。
(3) 真摯かつ狡猾である研究者を目指そう
最後は研究者としての葛藤に関して、社会連携、アカデミアでの評価、そして自分自身に対する視線など、先輩研究者でもあるパネリストの先生方からアドバイスをいただきました。まずは介入する課題や対象を慎重に選択した上で、きちんとボーダーを作ることです。例えば地域の人たちはあらゆる問題に取り込まれ、様々な聞き取り調査やワークショップへ過度に参加せざるを得なくなる「ステークホルダー化」されることにより、疲弊を感じることがあります。すなわち、現代では、問題とは無関係のように振る舞うこと・無関心になることが、疲弊感・負担感を軽減できてしまう側面もあるのです。研究や実践を設計する際、参加者と研究者自身への負担を考慮し、目的達成や課題解決とのバランスをうまく取るように、適切な境界線を描くことも工夫だと示されました。
さらに多様な知識を転換する際は、常に現実の曖昧さと余白を考える必要もあると指摘されました。楽しく研究活動を進めながら、真摯さと狡猾さをバランスよく維持し、自分に対して一番批判的な態度を取ることで、アウトプットを練り上げます。常に自身の立ち位置を振り返りすることによって、適切なアイデアを提言できる「貢献する科学知」が生み出されるでしょう。
今回のワークショップは、研究成果の発表だけではなく、トヨタフェローが研究者として自分の研究活動で抱えている課題や悩みを共有しながら、パネリストや参加者と意見交換を行う形で進めました。環境と社会問題の正解は一つだけではないからこそ、その複雑性に直面する際に、絡み合った文脈の「つながり」を徐々に紐解き、さらに多様な対話の「つながり」を結び付けるように、批判的な視座と柔軟な姿勢を維持することは、自分なりの「答え」を導きだすヒントになるかもしれません。
(文責:佐野 友紀、江 欣樺)