情報掲載日:2024年10月29日
トヨタ財団50周年記念事業特別インタビュー
「ナリワイ起業」で女性が生き生きしながら小さなビジネスと社会貢献。1冊の本でつながった2人の活動
取材 ◉ 武藤良太・鷲澤なつみ(トヨタ財団プログラムオフィサー)
執筆 ◉ 武田信晃(フリーライター)
1986年に男女雇用期間均等法が施行されてから40年近く経過しているにも関わらず、依然として世の中では女性の社会進出の遅さが問題視されている。結論から言えば「家父長制」をいまだに引きずっているからという事になるが、女性の起業による社会進出となるとそのハードルはさらに高くなる。そんな中、女性が自分の好きなことで町の小さな課題を解決するスモールビジネスを創るプロジェクトが立ち上がった。トヨタ財団は2014年と2018年の2回、助成を実施し、多くのナリワイ起業をする女性を生み出したほか、「わたしごとJAPAN」というスモールビジネスの全国連携プラットフォームにまで発展した。わたしごとJAPANの井東敬子および矢口真紀共同代表に成功する秘訣を語ってもらった。
助成対象プロジェクト
- プログラム
- 2014年度 国内助成プログラム
- 企画題目
- プチ起業家女性25人のネットワークによる自治精神の回復プロジェクト ―わたしが動けば変えられる! 脱・他人まかせ・脱・陳状
- 助成番号
- D14-L-0200
- 助成期間
- 2015年4月~2017年3月
- 主な活動地域
- 山形県
- 企画概要
- 女性が自分の好きなことで町の小さな課題を解決するスモールビジネス=ナリワイを創る。その過程で、自己肯定感を高め「自分が動けば変わる、だから一緒にやろうよ!」という積極的に動く女性を2年で25名生み出す。参画した女性一人ひとりが渦の中心になり、このムーブメントを身の回りで広げていき、江戸時代から覆っている「行政まかせ、他人まかせ」「仕事=雇われる」「フルタイムの仕事以外は恥ずかしい」のムードをぶち壊す。女性からはじめる自治の回復プロジェクト。
- プログラム
- 2018年度 社会コミュニケーションプログラム
- 企画題目
- わたしたちの働き方改革!ーナリワイ起業を働き方のスタンダードへ
- 助成番号
- D18-SC-0003
- 助成期間
- 2019年4月~2021年12月
- 企画概要
- 自分らしい仕事づくりを通して地域づくりに貢献する「ナリワイ起業」を働き方の選択肢の一つとして社会に定着させるため、[1]ナリワイ活動のインパクトを数値化し社会に提示、[2]全国の運営団体を紹介する発信提言のためのプラットフォームの作成、[3]『地域の仕事づくりギャザリング2019』を実施する。
始まりは山形県鶴岡市
トヨタ財団は2014年にプチ起業家女性25人のネットワークによる自治精神の回復プロジェクト―「わたしが動けば変えられる! 脱・他人まかせ・脱・陳状」に助成をしている。これは山形県鶴岡市在住の井東共同代表がわたしごとJAPANを立ち上げる前に「女性が自分の好きなことで町の小さな課題を解決するスモールビジネス=ナリワイを創る」という「鶴岡ナリワイプロジェクト」を立ち上げたことから始まる。「好きなこと・得意なこと」と「地域の困った」を掛け合わせ、月3万円程度の利益を目指す小さな起業家「ナリワイ起業家」を育てるのが目的だ。
「2011年に家族と鶴岡市に移住した当初、誰も知り合いがいませんでした。仕事で鶴岡市の外郭団体のアドバイザーをしていたのですが、ミッションの1つは地域に仕事を作ることでした」
地方の雇用創出は、同市でもいろいろも取り組んでいたが「これまでと同じことをやってもダメかもって思った時に目に入ったのが、藤村靖之先生の『月3万円ビジネス 100の実例』(晶文社)という本でした。『小さく起業すればいい』と書いてあって、それならやりたい人がいるかもしれないと感じ、2013年から始めました」
2年目には9人くらいが「起業します」と手を上げた。これを続けていけば起業する人がもっと増えるのではないかと考え始めた。ただ、鶴岡市の外郭団体が3年間という期限付きだったこともあり「せっかく機運が高まったのに、この後に何もしなければ全て終わってしまいそうで、もったいないなと思いました。いわゆる専門家による講座ではなく、みんなで意見を交換したりアドバイスをし合いながらやる方法を極めたら、本当にみんな起業するのかどうか社会実験をしたくなったんです」
活動資金のためトヨタ財団に申請書を提出することになるが、それを後押しする出来事があった。「当時、3月末のことでした、パートタイムで働いているある女性が『年度末の理事会での承認がまだだから、来週からの仕事が決まらない』と言っていたのを聞き、びっくりしたんです。あなたの仕事なのに、自分で意思決定できないのなら『自分で仕事を作ればいいじゃん』って言ったんですよ」
トヨタ財団の申請書の中に「あなたの思いを書いてください」という欄があったため、「『脱陳情、脱他人任せ』って思いっきり書きました(笑)」
財団からの助成金を得ることに成功し、起業、確定申告、広報など多彩な事柄についての講座を開催してきた。実際、地域にやりたことを持つ人がいっぱいいることがわかった。2年間で25~30人くらい卒業生が出たが、特に2年目の卒業生が卒業後に作った「ナリワイアライアンス」というグループも誕生した。「実践者は楽しかったからこそ続いたんだと思います。小さいけど自分のビジネスを始めて、仲間がどんどん増えていったから、面白いねって。好きなことはやめないし、楽しいからずっと続くんだなって思うんですよね」
宇宙ステーションやエナジーバー
鶴岡の活動はすばらしい成果をあげている。たとえば、国際宇宙ステーションの「日本実験棟きぼう」の実験運用管制官だった佐藤涼子氏が鶴岡に移住し「鶴岡スペースステーション」という宇宙をテーマにしたイベントなどをナリワイとしている。「地域の人たちにとって、国際宇宙ステーションの管制官は未知の人です。イベントには、はやぶさの実寸大の模型を持ってきたり、月面上を走るローバーを作る会社とかも呼んできたりするんです。昔なら子どもが『宇宙飛行士になりたい』って言ったら親は『無理だからやめておきなさい』と言っていたと思います。今は『あなたもなれるかもしれないよね』って話すんです。ナリワイという仕事を作る話だったのが、次世代の話に広がりました」
また、2024年4月から山形県庄内地方の伝統食「柿」と「米」を使用した国産エナジーバー「KAKI ENERGY BAR(カキエナジーバー)」が、コンビニエンスストアのナチュラルローソンで販売を開始した。もともとは、とあるおばあちゃんが手放そうとしていた柿の木44本を、大学を出たばかりの女性が預かり、手入れを始めたことからはじまった。「こんな広がりができるとは想定外」としみじみ話す姿が印象的だった。
埼玉県杉戸町のコミュニティ拠点「ひとつ屋根の下」
一方の矢口共同代表は、2024年から埼玉県杉戸町で「わたしたちの月3万円ビジネス」と題した講座運営を継続しながら、「しごと創造ファクトリー ひとつ屋根の下」というコミュニティ拠点を2021年から運営している。ワークスペースであり、学びの場であり、カフェもあり、小さなお店が集まる100の棚と1坪ショップなどがある。
これらの取り組みをしていると、ナリワイのことだけでなく、自然に自分の街のことを考えることにつながっているという。「やりたいこと×地域にいいことを!を目指すナリワイは1番小さなソーシャルビジネスですね。地域でビジネスを始めるので、当たり前に街のことを考えるんです。『売上だけでなく地域のためにならないと意味がないよね』というのが自然なんです。それがかっこいいことで、おしゃれなことであるという文化が育っています。」
また、彼女は人が集まっても、「誰かの我慢の上に成り立っていない」ことが強みだとも話す。
矢口共同代表は以前、広告代理店に勤めていた。「消費をあおり続けるのが仕事でした(笑)。依頼されたものをクライアントの売上のために売る。それによって社会にどういう効果があって、誰が喜んでいるかわからないという状態で、今とは真逆の仕事でした。このまま仕事を続けたらと思うと、老後の自分が全く描けなくなったのです。それで、相手の顔が見える、小さな仕事を自分で作っていく方向にシフトしました」
今ではファッション、雑貨、スイーツ、学び、ガイド・コーディネートなど多くの「3ビズ」起業家を育ててきた。井東共同代表も「私たちはまだ100人しかいないけど、埼玉県のように400人を超えるとこうなるんだ…みたいなちょっと先の未来が見えますし、目標になります」
2人の出会い
「わたしごとJAPAN」は2018年の助成の中で生まれたものだが、鶴岡市と杉戸町という別々のところで活動していた2人が出会ったことで誕生した。始まりは矢口共同代表も井東共同代表が読んでいた『月3万円ビジネス』を読んでいたからだ。「自分の地域だけで活動していると、『仲間はたくさんいるけど、私のやり方は本当にいいのかな?』とか、『社会は変わっていくのかな?』と不安になったり、迷いが生じます。『そんなの、ままごとじゃん』って言われることも多かったので。それを藤村先生に伝えたら『違う地域で同じことをやっている井東敬子さんに会ってみたら?』って言われて、連絡して、夜行バスに乗って会いに行きました。しかも、初対面なのに井東さんの家に泊めてもらって(笑)」と矢口共同代表の行動力が2人をつないだ。
まだ、Zoomもない2015年、とりあえず1回、来られる人だけでもいいから、顔合わせをして、藤村氏の話を聞こうということになった。「実際に山形と埼玉がつながっただけでも、すごいエネルギーを感じたので、それが全国レベルになったら、どんなに力強いだろうっていう話になりました。そんなプラットフォームを作りたいっていう…なんか、プラットフォームっていう言葉もかっこいいよね(笑)」。相手の話を聞き、刺激を受ける中でネットワーク作りをしたいという気持ちがフツフツと沸いてきた。
意気投合した2人は、ナリワイを広げるためのプラットフォームづくりに取り掛かった。「リソース、お金、専門知識、人脈みたいなのを作っていきたいということで、講座を通じてお金をもらうだけじゃなく、私たちだけでは知り得ないリソースとつながれるような仕組みづくりを目指しました」と矢口共同代表。
一方の井東共同代表は、自身が自然体験の世界で従事していた時、彼女の上の人たちが全国ネットワークを作っていたのを思い出し、ナリワイに応用しようと考えた。「全国レベルでやれば何か変わってくるのかなと思いました」
生徒たちが卒業した後、ナリワイプログラムを自分の居住地で作って活動をしている。現在は、福島県相馬市、岩手県葛巻町、長野県飯綱町、長野県下諏訪町など全国23地域に広がっている。
「継続は力なり」という言葉があるが井東共同代表はそれを感じている。「最初の頃は副業のメリットを説明するのに結構時間を割いていました。ある人から『そんな働き方で食えるわけないだろ』などと言われましたが、今は副業について話す必要がなくなり、揶揄されなくなりました。時代は大きく変わりました。新型コロナ後は特にそれを感じています」。裏を返せば、ナリワイという取り組みは、それだけ時代の先端を行っていたのだ。
ナリワイの進化型「わたしごとJAPAN」。“失敗ウェルカム”
わたしごとJAPANでは「わたしたちが大切にしている10のこと」を大きく掲げている。特徴的なのは、「正しさよりワクワクをテーマに」、「否定しない」、「失敗ウェルカム」など、日本人が持つネガティブな面を抑えるようにした点だ。これにより、この活動に参加するための精神的障壁を大きく下げることに成功し、加入しやすくした。
矢口代表は「私たちの講座やプログラムについてですが、埼玉でのやり方も、井東さんの鶴岡のやり方もどちらも教えます。受講料やお金の集め方なども含め、全部『こうやってやってます』って伝えます。あとは、それぞれが自分の地域にあったプログラムを作ってもらい、私たちに権限がない形にしています。その方が楽じゃないですか(笑)」。
権限がないという意味についてもう少し聞くと「最初は井東さんと私が旗を振っていたかもしれないけど、そもそもリーダーみたいな人たちが引っ張っていく組織ではないのです。1人ひとりが立ち上がって、旗振り役がたくさん増えて、それぞれが少しずつ背負っているので、すごく軽やかなんです」と笑う。
また、この活動があるからこそ、行政とも連携しながら一緒にいろいろやれるようにもなった。400人卒業したのですけど、1人ひとりがいろんな地域でがんばってくれていることが、自分たちの大きな原動力になっています。そういう人たちが、全国から応援してくれるんです。わたしごとJAPANで広がった輪が、クラウドファンディングを通じて、杉戸町にある片田舎の拠点を支えてくれるみたいなことがありました。地域で何かやっているっていうことが、必ずしも地域のためだけじゃない、それ以上の広がりがあるというのを、みんなが今、体感していると思います」
「お金をもうけられるやり方もありますけど、あえてそういう形じゃなく展開していったのが逆に成功のポイントです。なぜかと言うと、私のお世話になった師匠が震災支援をやっていて、それが、この形なんです。今日、誰がボランティアに来るかわからない状況で、ボランティアが来てからそれぞれに何が得意を聞いて…。そのアメーバ的な組織の作り方はめちゃくちゃ強いなと思ったんです。組織なんて10年くらいたったら古くなるのですから」(井東共同代表)。
このように、話を聞くと2人とも大枠だけ決めて「あとはどうするの?どうしたいの?何やりたいの?」と新たなメンバーに問いかけ、フリーハンドでやってもらう……ある意味日本人が苦手とする自主性を求めるように見える。「本当はやりたいことがいっぱいある人たちなのですが、普段は言わないだけなんです。『言える文化』さえ作れば、みんながやりたいことを声に出して、前に進む文化を作れるものなんです」と成功させる方程式を語った。矢口共同代表はアイディアに対して「いいじゃん!」しか言わないそうだが、女性がひっぱるこの明るいカルチャーがどんどん全国に波及していけば、経済がもっと回りそうだ。
今後の目標と夢
これからの目標や夢について井東共同代表は「10年これをやったから、 やっぱりまた自然ガイドに戻ろうかなと思っています。親子の自然遊びを応援する『ねいちゃーかあちゃん』というプロジェクトをやっていましたが今は『ねいちゃーばあちゃん』ですね」と笑う。自然が井東共同代表の人間的ベースとなっているように見えるが、小学校6年生の時の担任が理科の先生で、国語の授業などでも外に連れて行って自然に触れさせてもらったことが、自然に関心を持った原点だそうだ。
矢口共同代表は「シューマッハ・カレッジやフォルケホイスコーレなどに留学してみたいですね。結構、アウトプットを一生懸命10年間やったと思っているので」と新しい何かをインプットしたいようだ。そして……高齢化社会の中で自分がおばあちゃんになっても一緒に楽しめる場所にしたいですね」
◯ コミュニティ拠点の理想形「ひとつ屋根の下」視察記
東京から電車で約1時間のところにある埼玉県北東部に杉戸町。東武スカイツリーライン東武動物公園駅から徒歩約5分のところに「しごと創造ファクトリーひとつ屋根の下」がある。「わたしごとJAPAN」の事務局もおかれているが、入口のドアを開けた瞬間から、賑わいがあってコミュニティ施設の理想形の1つであることがすぐわかる場所だった。
公営の駐輪場を改装
駅そばにある大落古利根川沿いにあるこの施設は、「わたしごとJAPAN」の矢口真紀共同代表によると使われなくなった公営の駐輪場を大改造して作ったそうだ。入口の懐かしい開き戸をあけると、いきなり子どもの笑い声が耳に飛び込んできて、それだけで楽しそうな場所という雰囲気が出ていた。
店を見回してみると、木をふんだんに使い室内は温かみのある空間を演出しているのが分かった。入口向かって左手には小上がりがあり、学校帰りの子どもがゲームをしながら楽しそうに遊んでいた……さっきの声はこれだった。その奥には1日から利用可能な「一坪レンタル」エリアだ。取材班が訪れた時は、同町の古利根川流灯まつりで使われる巨大灯篭に使用する絵付作業が数人がかりで行われていた。矢口共同代表のお父さんも参加していて、みんなで街を盛り上げていこうという雰囲気で満ち溢れていた。
その正面には「100棚商店」がある。小さな棚を貸し出しており、小さな自分の店を持つことができる。手作りのアクセサリー、スカーフ、おすすめの本などさまざま。店番の人が棚を紹介しているが、気さくな人柄で、初対面でもついつい話し込んでしまいそうになる。
入口右奥には「おせっかいキッチン」というカフェがある。地域の食材と自家製発酵調味料を使い、腸を活性化させるランチや発酵スパイスカレーなどをリーズナブルな価格で提供する。もちろん、コーヒーやソフトドリンクなども充実。取材班もいろいろなメニューがあり、どれにするのか迷ってしまった。
ほぼ毎週水曜日は駄菓子屋ふさやの日として、軒先に屋台を使った駄菓子屋が出店する。駄菓子屋が減少している中、昔ながらの体験を子どもたちに提供している。2階に上がるには駐輪場らしく階段ではなくスロープだ。ここは、仕事場であり、ミーティングや対話の場として、これから本格運用を始める準備を進めている。取材時は、灯篭用の絵付が終わったものを乾燥させていた。
地方のコミュニティスペースは、人口減少や高齢化などもあり、稼働率が高いとは言い難いところも少なくない。しかし、ここは活気あふれる場所で、駅から近いこともあり、ふらっと立ち寄りたくなる場所だ。コミュニティ施設のロールモデルといっても過言ではない。