選考委員長 中西 寛
京都大学大学院法学研究科 教授
本年度は「つながりがデザインする未来の社会システム」をテーマとする研究助成プログラムの4年目の募集選考を行いました。募集要項について昨年度から大きな修正は行いませんでしたが、本助成が重視する点として、学際性と研究参画者の多様性、国際性、研究成果の社会還元の重視をより明確にしました。
本テーマによる研究助成は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が猖獗を極めていた2021年に開始され、それまで当然とみなしていた人間社会のあり方が短時間に急激な変化を経験するなかでの新たなつながりをテーマにした研究が多数を占めました。その後、社会は次第に平常化に向かっていますが、変化の流れは続いています。今から振り返ると、パンデミック期の経験も、人間の社会的つながり、人間と自然環境の関係、人間とテクノロジーの関係が大きく変化する時代の一局面であったように思われます。長期化する軍事紛争を含めた世界規模での緊張の高まりやグローバル・サウスの台頭、社会における人口構成の変化やジェンダーに対する意識の変化、生成型AIの実用化など情報社会化の進展がもたらす可能性と挑戦など、人間は過去の延長上では推し量れない数多くの課題と向き合って行かなければなりません。本助成においても年を経るごとにこうした課題をテーマにした、多様な研究課題に対する助成が応募されるようになってきたと思います。
本年度は118件の応募があり、8件に対して助成を決定しました。応募件数は昨年の100件から増加しています。また、英文での研究申請が昨年の19件から43件と大幅に増えていますが、選考に進んだものは3件にとどまり、本助成の申請条件を満たさない応募が相当数あったことは今後への課題であると思われます。研究代表者の男女比率は昨年の男性54%、女性44%、回答せず2%から、男性60%、女性39%、回答せず1%とやや変化しました。研究代表者の平均年齢は36.8歳で昨年度と同じです。昨年に引き続き、申請の質は平均して高く、また分野面でも多様性が保たれていると感じました。採択された研究からいくつか紹介します。
D24-R-0010 染谷 由希(順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科准教授)
「知的障害者スポーツの環境改善に向けた支援体制の構築―スポーツ健康科学を学ぶ大学生の参画をめざして」
パラリンピックなど障害者スポーツに対する社会の認知度は高まっているが、知的障害者のスポーツ実施率は依然として低い。知的障害者のスポーツ参加機会を拡充するため、予防プログラムを開発提供するとともに、スポーツ・健康を学ぶ大学生に、共にスポーツをするパートナーとしての機会を提供し、将来に向けた知的障害者の社会参画機会の拡充をめざす点で、社会還元の効果が高いプロジェクトと判断されました。
D24-R-0032 岩渕 和祥(東京大学大学院教育学研究科附属学校教育高度化・効果検証センター助教)
「耐震シナジー―伝統建築の叡智から学び、強靭な未来を築く」
アジアで地震の多い地域には地域固有の伝統建築を活かした現代建築が試みられている。本研究は伝統建築のなかに含まれる地震への対策技術や知恵を比較検証し、知識を共有しようとするものである。具体的にはインドネシア、ネパール、パキスタンの3国の建築関係の専門家が研究分担者となり、コミュニケーション分野の専門家である代表者が総括して国際的な知見の共有を図るプロジェクトであり、独創的かつ社会的に有用な効果が期待されます。
D24-R-0064 白取耕一郎(大谷大学社会学部コミュニティデザイン学科講師)
「支援者と被支援者の情報の壁をなくす―ICTによる学術知・暗黙知の融合と社会システムのデザイン」
生活困窮問題を深刻化させている要素として、支援者と被支援者の間にある情報障壁ないし情報格差の問題がある。支援制度についての正確な情報不足を解消するために、支援者から市民への情報提供や、市民から支援者への情報共有のあり方について調査を実施し、ICTを活用した解決策の提示を試みる。社会的に重要度が高く、かつ実践的な意義も大きいプロジェクトと判断されます。
応募件数 | 助成件数 | 採択率 |
---|---|---|
118件(100件) | 8件(10件) | 6.8%(10.0%) |
※括弧内は昨年度