選考委員長 園田 茂人
東京大学東洋文化研究所 教授
選考委員長として応募書類を読むのは今回で2回目ですが、昨年度に比べて自分の評価基準が高くなっていることに気づきます。一度、迫力ある書類を読んだ経験をもつと、これを基準に他の申請書を読んでしまう傾向があるからです。その効果ゆえでしょうか、今年度の選考は昨年度ほど難しく感じませんでした。
今年度も例年同様、以下の5つのテーマに関わる提案を募集しました。
(1)外国人材が能力を最大限発揮できる環境作り
(2)外国人材の情報へのアクセスにおける格差の是正
(3)ケア・サポート体制を担う人材と既存資源の見直し
(4)高度人材の流入促進
(5)日本企業の海外事業活動における知見・経験からの学びと教訓
●応募状況と申請内容の概観
応募時間は2023年9月4日(月)から11月18日(土)まで。この間、9月14日と9月20日の2回オンライン説明会を実施し、100名程度と昨年度の倍近い方々が参加されました。約20件の事前相談を受けましたが、これは昨年度とほぼ同じ件数です。
応募のエントリーは90件と昨年度の68件から増加し、最終的な申請に辿り着いたものも54件と、昨年度から10件増加しました。
54件の申請額の中央値が1,000万円(最小値500万円、最大値1,000万円)と申請書の半数以上が1,000万円の申請額であったため、選考前から採択数がさほど多くない状況は予想されていました。
代表者の属性で見ると、大学常勤研究者の17名と昨年度の12名から大幅に増え、NPO/NGO職員は8名と昨年度の11名から減少していますが、これも、(4)高度人材の流入促進に関する申請テーマが増えたことと関係しています。申請者のうち38名にご回答いただいたアンケート結果を見ると、応募経験を持った方がのべ18名で、うち11名が本プログラムに応募した経験がある方々でした。
過去採択された26件の案件のうち、その多くが(1)と(2)に関わるもので、(4)や(5)に関連するものが少なかったのですが、昨年度から変化が見え始め、特に(4)に関する応募・採択案件が増えている点が特筆されます。
●選考プロセスと選考結果
最初にプログラムオフィサー(PO)が申請書類を確認し、不備があるものや趣旨に合わないものを除きましたが、選考委員3名はすべての申請書に目を通しました。また採択候補については選考委員から代表者に質問をし、その回答結果を加味して一件ずつ検討を加えるなど、慎重に選考を行いました。
2024年2月9日に選考委員会が開かれ、2時間強の時間をかけて協議した結果、以下の6つの案件が採択されることになりました。以下、簡単にご紹介いたします。
D23-MG-0017 結城 恵(群馬大学教育・学生支援機構 教授)
高度人材の「地方」選択に関する意思決定過程に基づく、高度人材の流入促進及び受入れ環境整備モデルの構築
(1)と(4)に関わる提案で、産官学金の連携を図ることで、高度人材が地方での就業を選択し定着する流れを作ろうとするプロジェクト。具体的には群馬大学を中心に、産官学金のコンソーシアムを基盤に地方就業を促すカリキュラムを開発するとともに、その実効性について、他の地方との比較を通じて明らかにすることが目的とされています。D23-MG-0030の小林さんの提案では定住外国人の二世が、結城さんの提案では大学で学ぶ留学生が、それぞれ対象となっているものの、地域活性化の突破口として外国人材を見ている点で共通しています。実行可能性が評価される一方で、高度人材定着のモデル化については、申請書で触れられていない変数を考慮に入れるなど、慎重な作業が求められるとの意見が出されました。
D23-MG-0021 井上 泰弘(一般社団法人大阪外食産業協会 副会長)
外食産業を事例とする求職外国人と求人事業者のミスマッチ構造に関する調査研究ならびにその解消のための事業構築
(2)に関連する提案で、外食産業という特定の産業に絞った上で、求職外国人と求人事業者の間でどのようなミスマッチが生じているのかを明かにすることを目的としたプロジェクトです。外食産業の人手不足が問題となっている現在にあってタイムリーな提案で、具体的にインドネシアからの求職労働者に絞り、その送り出し元の状況も踏まえて考察をしようとしている点が魅力的です。ただ、①送り出し元でどのような職業に就いていたかを含めて慎重に調査を計画する必要があること、②労働市場におけるミスマッチだけでなく、日本での居住や生活、言語などを加味し、総合的な考察が求められることなどが、選考委員から指摘されました。
D23-MG-0030 小林かおり(椙山女学園大学国際コミュニケーション学部 准教授)
豊田市発!産官学連携による在留外国人定住化に向けた多文化共生次世代育成
(1)に関わる提案で、愛知県豊田市で定住化しつつあるブラジル、ベトナム、フィリピンなどからの在留外国人の次世代をターゲットにし、彼ら・彼女らのキャリア・職業支援を通じて地域の持続可能性を高めるプロジェクトです。大学が行政や関連企業、NPOなどと連携し、次世代を主体に多文化共生ツーリズムを促進するなどして、地域の活性化を図ることが目的とされています。周到に計画され、関連するステークホルダーとも連携が取れていることからも、実行可能性が高い提案として評価されました。他方で、豊田市で従来行われてきた試みを批判的に検討したうえで問題の所在を明確にし、似た環境に置かれている他の自治体とも連携してほしいとの要望が出されました。
D23-MG-0034 宍戸 健一(一般社団法人JP-MIRAI 事務局長代行・理事)
外国人材の受入環境改善のための中小企業向け教材の開発と社会啓発
(1)に関わる提案で、労働法規に詳しい専門社員が配置されていないため、外国人材の人権保護に対する取組に十分な時間を割けない中小企業をターゲットにした教材づくりを目指した取り組みです。教材作成後には、模範的な企業がサプライチェーンや地域、業界、金融機関などを通じてこれを拡げていくことを考えており、担当者に十分な動機付けを行うなどの工夫を凝らしています。大学教員や弁護士、ILO専門官などとの連携も取れ、実行可能性が高いプロジェクトとして採択されました。他方で選考委員会では、既存の教材では何が不足しており、どのような内容になるのかについての詳細な説明が欲しかったとの意見も聞かれました。
D23-MG-0036 中村 孝一(NPO法人eboard 代表理事)
生成系AIを活用した「やさしい日本語」化ツールおよびその教育現場における効果的活用モデルの開発
現在、政府や自治体で「やさしい日本語」を普及させる動きが広がっている中で、必ずしも注目されてこなかった学校教育の現場に「やさしい日本語」を実装するためのアプリケーションソフトを作ることを目的とした、(2)に関わる提案です。代表者が所属するNPO法人は、映像授業に「やさしい字幕」を付ける事業を進めてきたこともあって、教育現場のニーズを的確に捉えた提案であることが評価されました。他方で、①通常の生成系AIを活用した「やさしい日本語」と学校でのそれのどこ違うのかがわかりにくい、②このアプリを利用する教育機関にも課金するかどうかについては慎重に検討した方がよい、といった意見も出されました。
D23-MG-0042 渡貫 諒(一般社団法人日本産業イノベーション研究所 代表理事)
在日外国人経営者の経営実態の研究及び経営支援体制構築に向けてのモニター支援の実施・調査
(4)に関係する提案で、従来の高度人材育成の議論から抜け落ちていた外国人経営者に焦点を当て、その経営実態と支援策を模索する提案です。今まで外国人経営者の実態については断片的な研究・報告しかなかった点を克服し、代表者が行ってきたセミナーなどに出席した外国人経営者1,500名超の名簿などを利用し、その経営実態を明らかにしようとしている点がユニークで、その点が選考委員から評価されました。他方で、手元にある名簿から落ちている外国人経営者(特に韓国・中国系以外のアジア系外国人)をどの程度カバーできるかが調査成功の鍵であり、選考委員会では実行可能性を担保しつつ作業を進めてほしいとの意見も出されました。
●おわりに
今回の申請には過去、本プログラムに応募してきた方が多くいたのですが、採択された方で以前採択されたプロジェクトの代表者はいませんでした。これは、高度人材の活用についての関心が高まったため、今までになかった魅力的な提案が掘り起こされた、といった理由が考えられます。また、応募のなかに占める(2)や(3)の分野の割合が少なかったのは、該当分野で以前採択された方々が現在もプロジェクトを実施しており、今回申請されなかったためかもしれません。来年度以降の採択案件のなかに、過去採択されたプロジェクトをバージョンアップした提案と、今までになかった領域・発想から作り込まれ提案のどちらが増えていくことになるか、今後の推移を見守りたいと思います。
なお、昨年度は助成金額の総額が4,750万円と当初想定していた額に250万円ほど足りませんでしたが、今年度は当初予定の5,000万円から5,500万円と500万円増えています。これも一件当たりの申請額が大きかったからですが、採択されたみなさんには助成金を有効に利用していただきたいと思います。