選考委員長 田中 明彦
政策研究大学院大学 学長
特定課題「先端技術と共創する新たな人間社会」の選考について
2020年度の特定課題「外国人材の受け入れと日本社会」は、以下の5つの助成課題について、調査・研究を行い、かつ助成期間中に、その課題解決や状況の改善に向けた仕組みや制度の構築等の実践に取り組むプロジェクトを助成対象として、公募を行いました。
(1)外国人材が能力を最大限発揮できる環境作り
(2)外国人材の情報へのアクセスにおける格差の是正
(3)ケア・サポート体制を担う人材と既存資源の見直し
(4)高度人材の流入促進
(5)日本企業の海外事業活動における知見・経験からの学びと教訓
ただし、本年度は課題(4)(5)に限り、調査・研究に主軸を置いたプロジェクトの応募も受け付け、選考対象としました。公募期間は2020年9月7日から11月21日で、75件の応募がありました。その間、事務局がZOOM による説明会を2回開催しました。3名の選考委員による応募書類の検討・評価をへて、2021年2月1日の選考委員会で、6件(総額5000万円)を助成対象候補とすることが決定されました。
以下にそれぞれの助成対象候補プロジェクトの概要を記します。
[代表者]D20-MG-0004 守屋貴司(立命館大学経営学部教授)
[企画題目]海外日系企業調査による外国人財受け入れの意識改革・異文化経営・人事モデル構築とその日本への移転
ベトナム、タイ、インドに展開し高度IT人材を雇用する日系企業に対する詳細な聞き取り調査とフィールド調査を行うことで、外国人材受け入れのための意識改革・異文化経営・人事モデル構築を行うという、課題(5)に応える積極的なプロジェクトです。研究者と実務家との混成チームによる研究計画はしっかりしており、また研究成果の普及についても企画されており、外国人材活用を求める企業にとっては有益な知見がもたらされるものと期待できます。
[代表者]D20-MG-0017 仲佐保(シェア=国際保健協力市民の会 共同代表)
[企画題目]新型コロナウイルス感染症パンデミック下における在日外国人コミュニティへの情報提供体制整備と検査・診療へのアクセスを可能にする道筋づくり
新型コロナウイルス感染症の蔓延という日本社会を襲った危機のなかで、外国人コミュニティに対する的確な情報提供・相談体制を整え、保健・医療機関へのアクセスを確保し、安心できる診療体制を確立するための道筋をさぐるという、課題(1)(2)(3)に応えようとする総合的プロジェクトです。外国人への医療支援を行っている組織やNGOと地域研究の研究者たちが共同で企画しているプロジェクトによって、現在進行中の新型コロナウイルス感染症蔓延状況のなかでの外国人支援が進むとともに、より安心な保健・医療体制の構築が進むことが期待されます。
[代表者]D20-MG-0018 武田淳(立命館大学産業社会学部准教授)
[企画題目]高度外国人材の起業・投資を通じた『多文化志向の地方創生モデル』構築と実践に向けた国際共同プロジェクト
北海道ニセコ町・倶知安町、宮城県仙台市、長野県白馬村、京都府京都市、大分県別府市、福岡県福岡市などにおける外国人による起業・投資の実態を国際共同研究によって解明することによって、地方創生に有益な高度外国人受け入れのためのモデルを作り出すという、課題(4)に対応するプロジェクトです。「多文化志向の地方創生モデル」を提示するハンドブックを作成することが企画されており、各地の地方自治体など関係ステークホルダーにとって有益な成果が期待できます。
[代表者]D20-MG-0022 坂本久海子(外国人支援・多文化共生ネット代表/愛伝舎 理事長)
[企画題目]妊娠から乳幼児育児施策および外国人保護者の受入れ状況の調査研究と啓蒙活動による安心して出産・子育てできる社会づくり
子どもの発達・成長にとって就学前の環境が極めて重要であることは近年世界的にも指摘されているところですが、日本における就学前の外国人子育て環境については、これまで十分な調査や検討がなされているとは言えない状況でした。本プロジェクトは愛知・岐阜・三重の三県で活動する14の市民団体から構成される「外国人支援・多文化共生ネット」が、妊娠から就学にいたる過程での行政サービスの実態を調査することによって、外国人の子育て環境をより望ましいものにしていこうとする、課題(1)(2)(3)に貢献するプロジェクトです。本プロジェクトの成果は日本の他地域にとっても有益なものとなることが期待されます。
[代表者]D20-MG-0028 山田秀臣(東京大学医学部付属病院医学部講師・国際診療部副部長)
[企画題目]医療機関におけるOJT研修システムを確立することで医療通訳の質の向上を図り、外国人患者の安心安全な共生社会を目指す
本プロジェクトは、外国人への医療に従事し、医療通訳者の認証制度構築に尽力してきた関係者が、医療通訳者の能力をさらに向上させるためにOJT研修を実施するという、課題(2)(3)に対応するプロジェクトです。トヨタ財団は、医療機関における「やさしい日本語」普及のためのプロジェクトを昨年度助成対象として採択しましたが、より高度な医療のためには優秀な医療通訳者の存在は不可欠です。本プロジェクトは、より実践的で質の高い医療通訳者の育成に貢献することが期待されます。
[代表者]D20-MG-0072 芦沢真五(東洋大学国際学部国際地域学科教授)
[企画題目]外国人材を戦略的に受け入れるための社会基盤の創設―『日本版NQF』+『FCE運用』=『日本社会が求める外国人材の招致』
外国人材の資格・学歴・職歴などを的確に評価する制度および枠組を整備するというのが本プロジェクトの目的です。欧州、カナダ、オーストラリアなどでは、外国学歴・資格評価システム(FCE)や国家資格枠組(NQF)と呼ばれる制度がありますが、本プロジェクトは、これらに相当する仕組みを提案していこうとするものです。このような仕組みが形成されれば、日本における外国人材の受け入れをより体系的・戦略的にすることが可能となるとともに、外国人の自己啓発や能力向上にも資することが期待されます。その意味で、本プロジェクトは、課題(4)に対応するとともに課題(1)にも対応しています。
所感
本年度は、課題(1)(2)(3)に応えようとする質の高いプロジェクトが採択候補として選ばれました。特に、新型コロナウイルス感染症によるパンデミックのなかで、外国人の医療に着目するプロジェクトの重要性を、選考委員会として再確認しました。また、市民団体がネットワークを形成してプロジェクトに取り組む事例についても望ましい傾向だと思います。それに加えて、昨年度とは異なり、課題(4)と(5)に正面から向き合うプロジェクトが採択候補となったことは今回の特徴です。また、これら(4)(5)に関するプロジェクトは、いずれも調査研究にとどまらず実践を重視しており、選考委員会として評価のしがいがありました。
今後、新型コロナウイルス感染症の危機を乗り越えて世界が正常化していくことが期待され、そのなかで外国人材の受け入れは量的にふたたび増加することが予測されます。しかしながら、単に量的に旧態に服するのではなく、今回の危機によって照射された外国人への受け入れに関するさまざまな課題を解決し、外国人にとって日本社会が住みやすく活躍しやすい社会になること、つまり質的な視点が必要不可欠です。昨年度採択され、実施中のプロジェクトならびに今回採択候補となったプロジェクトが、日本社会の外国人材受け入れ体制の質的向上に寄与することを期待しています。