選考委員長 園田 茂人
東京大学東洋文化研究所 教授
2024年度「アジアの共通課題と相互交流:学びあいから共感へ」選後評
今夏も新型コロナウイルス感染者の数が増加しているとするニュースが流れている。ところが、これによる海外渡航への影響はなく、円安の影響もあってか、訪日観光客の数は過去最高になろうとしている。国際助成プログラムも応募件数が189件と、筆者が選考委員長を拝命した2019年以降、最も多かった。
今年度の国際助成プログラムも以前同様、学びあいを通じたアジアの共通課題の解決を目指した、以下の4つの条件を満たす提案を募集した。募集内容は昨年から変化していない。
(1)国際性:プロジェクトがカバーする地域が東アジア、東南アジア、南アジアの2カ国以上、プロジェクトを動かすメンバーも同様に2カ国以上から集まっていること。また、プロジェクトの成果/効果が国際的な広がりをもっていること。
(2)越境性:問題解決のために必要かつ十分なマルチセクターの専門家(研究者やNPO職員、ビジネスパーソン、行政担当者など)が有機的に関わり、プロジェクトに参加していること。
(3)双方向性:プロジェクト実施にあたって、参加者が相互に学びあう関係性を構築していること。
(4)先見性:プロジェクトがもたらすアウトカムを強く意識し、助成終了後のインパクトや今後の発展可能性を含んだものであること。また、将来生じうる問題を視野に入れ、従来の枠組みを越えた新しい視点を持つこと。
今までの選後評でも指摘してきたが、(1)や(4)の条件を満たすことは容易でも、(2)や(3)の条件をクリアするのは大変で、申請内容を相当に工夫しないことには採択には至らない。特に、支援型のプロジェクトを実施してきた経験をもつ申請者による申請には(3)の条件が欠ける、あるいは弱いものが散見されたが、この点で今年も例年同様だった。
応募状況と申請内容の概観
2024年度は4月1日に公募を開始し、6月1日までの2か月間、申請を受け付けた。4月16日と4月25日の2回、オンラインでの説明会を行い、150名程度が参加したが、この時点で昨年の1.5倍となっている。対面やオンラインなどでの事前相談の件数は66件。申請に当たっての事前登録は1,053件と、昨年の267件から急増した。担当のプログラムオフィサー(PO)は最初、サイバー攻撃にあったのかと心配したようだが、これも、南アジアからのアクセスが急増したからだという。もっとも最終的な申請に繋がったのが18%弱の189件なので、審査対象が膨大になりすぎるということはなかった。
189件の申請のうち、1年助成のものは35件で全体の18%程度と、一昨年の数値(17.3%)に近い数値となっている。
申請者の国籍分布は表1の通りである。2024年度の日本国籍者の比率は63%弱だったが、この数値も2022年度のそれに近い。南アジアが対象国となって3年目ということもあって、インド、ネパール国籍を持つ申請者が増えているのは、昨年度来の傾向である。
表1 申請者の国籍分布:2022-24年度
提案されたプロジェクトがカバーしている国・地域は図1に、カバーしている国・地域の数は図2に、それぞれ示されている。
昨年以上に、タイ、インドネシア、フィリピン、マレーシアといった東南アジア諸国をカバーしたプロジェクトが多くなっている。またインド、ネパール、スリランカといった南アジア諸国をカバーした申請案件も増えている。今年も2カ国、3カ国といった対象国・地域が少ないプロジェクトが多く提案されているが、これも昨年度来の傾向である。
図1 申請書に記載されたプロジェクト対象国・地域:2022-24年度
図2 申請書に記載されていたプロジェクト対象国・地域の数:2022-23年
選考プロセスと選考結果
選考委員会は、委員長を含め4名のメンバーによって構成されており、メンバーは昨年度、一昨年度と変わっていない。
最初にPOが提出書類を整理し、全申請書を読みこんだ。申請書として不備があるものや、冒頭で紹介した4つの条件を満たしていないと判断される案件を取り除いた上で、選考委員に審査を依頼した。
次に4名の選考委員は申請書を査読し、採用を推薦する応募書類を選び、「これは」と思う案件にはウェイトをかけた。またプロジェクトの内容やスケジュール、予算の積算根拠などに疑問が生じた場合や、成果の発信やその効果に改善の余地があると判断された場合、その旨をPOに伝えた。
選考委員会では推薦が得られなかった案件を除去した上で、案件すべてに全選考委員がコメントし、選考委員からの質問に対して申請者から得られた回答も精査した上で評価を下し、採否を決めた。採否にあたっては、カバーされる国やプロジェクト・テーマに重なりが多すぎないかを確認し、最終的に総額が7000万円となるよう助成額を調整した。
今年度採択された8件については、以下のような特徴が見られる。
第一に、申請書全体の分布を反映してか(図3参照)、カバーしている国が2か国(3件)と3か国(3件)が多く、管理コストが高すぎないよう工夫が施されている。また、期間が1年の提案が35件あったのに、今年度も採択された案件が1件もなかったが、これも昨年来、変わらない傾向である。
第二に、今年度は、今までにまして以前にトヨタ財団の助成を受けたことがある者による案件の採択率が高かった(国際助成プログラム以外の助成プログラムを含む)。今年度の全申請書の代表者のうち、過去にトヨタ財団の助成を受けたことがあると回答した者は28件と、全体の15%程度であったのが、採択された8件のうち、代表が過去に助成を受けたことがあるとする回答は5件と、全体の62.5%に達している。この点については、また後で触れる。
第三に、採択案件には環境保護や防災、貧困、及びこれらをクロスさせた課題設定をした申請書が多かった。昨年同様、移民・難民に関する申請書はさほど多くなかったが、これも特定課題「外国人材の受け入れと日本社会」が2019年度に始まり、多くの申請書がこちらのカテゴリーに移行したからと推測される。
図3 申請書に記載されていたプロジェクト対象国・地域の数:採用案件と全体の対比(単位:%)
採択案件の紹介
今年度の採択案件のうち、選考委員間での評価が相対的に高かった2つのプロジェクトを紹介したい。
[代表者]針間 礼子 |
[題目]移住帰国者の交流:東南アジアの送出国における日本移住経験の共有フォーラムの構築 |
[対象国]カンボジア、インドネシア、ミャンマー、タイ、ベトナム、日本 |
[期間]2年間 |
[助成金額]980万円 |
メコン地域の国ぐにから日本への移住労働を経験し、現在は母国に戻った人々を糾合してフォーラムを作り、そこで移住労働をめぐるさまざまな現実をフォーラム参加のみならず、オンラインで参加する各国の関係者や日本の大使館関係者とも共有し、今後、どのような政策的対応が必要となるかを議論し、これを形にするプロジェクト。アドボカシーに活かすべくフォーラムを作るというのは、長く当該地域で活動をしている申請代表者の豊かな経験によるものであり、その実行可能性と運営の手堅さが高く評価された。他方で、倫理的な問題を配慮した上で、技能実習生として日本で就労した経験を持つ人たちが実際にどの程度技能を習得し、自国で活かしえているかなど、制度本来の目的の達成度について深堀した調査の実施なども期待される。
[代表者]佐藤 仁 |
[題目]メコン河下流地域における住民レベルの気候変動適応とJust-in-Time情報提供への学び合い |
[対象国]カンボジア、タイ |
[期間]2年間 |
[助成金額]980万円 |
メコン河沿いに位置するタイで水深調査活動に参加している人びとと、カンボジアでセンサーによる早期警戒システムを操作しているNGO関係者、これに水文学者などの専門家を交えた学びあいを行うことで、河川管理をめぐる人々の自発的活動のあるべき姿をモデル化し、これを可視化して対外的に発信するプロジェクト。気候変動に伴う河川の複数国での管理といった状況、及び住民参加の方法を具体的に詰めていくという手法は、国際助成プロジェクトの趣旨に合致しており、その手堅い提案が評価された。他方で、まったくの出たところ勝負ではなく、企画書に言及のある在来知もふまえて、Just-in-Timeでどのような情報を流すか、どのようなネットワークを作るべきなのかについて、予め仮説を立てておく必要があるのではないか、といったコメントも出た。
おわりに
上述のように、今年度の採択プロジェクトの過半数は、以前、トヨタ財団の助成を受けたことがある代表者によって申請書が執筆されている。これは、選考委員の側が選考基準に忠実に評価し続け、他方で、過去の採択されたプロジェクトの代表者がその後も研鑽を積むことで生まれた結果といえる。選考委員は時間をかけて選考を行い、委員会では細かな検討を重ねることで採否を決定する。そのプロセスは公正なものだが、これが果たして長期的にもよいことかどうか、判断が難しい。
筆者が選考委員長に就任してからというもの、選考委員会が終わった後、各委員が感想を述べるのが常だった。今年も今まで同様、選考委員が自由に意見を述べたが、「書面による審査を行うと決めた時点で、書類執筆の巧拙が採否を決定する要素となってしまう。NGOや各種活動家から斬新な提案を出してもらおうとするのなら、書面による審査ではなく、直接リクルートするしかないのではないか」といった少々過激な意見が出た。確かに若い人が申請書を提出しても、書類執筆の巧拙の面から採択に至らないといった現実がある。筆者も今年は、今まで以上に既視感のある申請書が多かった印象がある。国際助成プログラムというブランドが出来上がっている――実際、今年も採択率4.2%強という狭き門だった――状況にあって、財団も新たなチャレンジをすべき時期に来ているかもしれない。2019年度から選考委員長を6年務めさせていただいたが、今回が任期中最後の選考となる。選考は毎回大変だったが、常に学ぶことがあった。こうした学びの機会を提供してくださった財団に、心から感謝したい。