選考委員長 園田 茂人
東京大学東洋文化研究所 教授
2023年度「アジアの共通課題と相互交流:学びあいから共感へ」選後評
コロナ禍がほぼ明け、海外への渡航にもほとんど支障がなくなった。昨年度から南アジア(バングラデシュ、ブータン、インド、モルディブ、ネパール、パキスタン、スリランカ)が対象国に含まれるようになったが、今年度の募集要項は昨年度のものと変わりがない。
国際助成プログラムの要諦も以前同様、学び合いを通じたアジアの共通課題の解決を目指した、以下の4つの条件を満たす提案を支援することを目的としている。
(1)国際性:プロジェクトがカバーする地域が東アジア、東南アジア、南アジアの2カ国以上、プロジェクトを動かすメンバーも同様に2カ国以上から集まっていること。また、プロジェクトの成果/効果が国際的な広がりをもっていること。
(2)越境性:問題解決のために必要かつ十分なマルチセクターの専門家(研究者やNPO職員、ビジネスパーソン、行政担当者など)が有機的に関わり、プロジェクトに参加していること。
(3)双方向性:プロジェクト実施にあたって、参加者が相互に学びあう関係性を構築していること。
(4)先見性:プロジェクトがもたらすアウトカムを強く意識し、助成終了後のインパクトや今後の発展可能性を含んだものであること。また、将来生じうる問題を視野に入れ、従来の枠組みを越えた新しい視点を持つこと。
応募状況と申請内容の概観
2023年度は4月3日に公募を開始し、6月3日までの約2か月間、申請を受け付けた。4月12日と4月18日の2回、オンラインでの説明会を行い、100名程度が参加した。対面やオンラインなどでの事前相談の件数は57件。申請に当たっての事前登録が267件あり、うち122件(45.7%)が最終的な申請に繋がった。昨年は事前登録した者で最終的な申請に繋がった者の割合が40.5%だったことから、状況は改善したといってよい。また昨年の申請数が98件だったことから、24件申請が増えた計算になる。
122件の申請のうち、1年助成のものは9件と全体の7%強にすぎない。昨年度では、この数値が17.3%だったから大幅にダウンした。こんなところにも、コロナ禍がほぼ明けた様子を見て取ることができる。
申請者の国籍分布は表1の通り。2022年度の日本国籍者の比率は62%強だったのが2023年度は70%弱と、従来の数字に戻っている。南アジアが対象国となって2年目ということもあって、インド、バングラデシュといった国籍を持つ申請者が増え、他方で米国やベトナムといった国籍の申請者は減っている。昨年に比べて申請件数は増えたが、これも日本国籍保有者の申請が増えたからである。
表1 申請者の国籍分布:2022-23年度
提案されたプロジェクトがカバーしている国・地域は図1に、カバーしている国・地域の数は図2に、それぞれ示されている。
昨年以上に、インドネシアやベトナム、カンボジア、フィリピンといった東南アジア諸国をカバーしたプロジェクトは多い。他方で台湾や韓国、中国は微減で、総じて東アジアをカバーしたプロジェクトは減少傾向にある。また今年は例年以上に、2カ国、3カ国といった対象国・地域が少ないプロジェクトが多く提案されている。コロナ禍にあって温めてきたプランを、小さな規模から始めようとする提案が多かったようである。
図1 申請書に記載されたプロジェクト対象国・地域:2022-23年度
図2 申請書に記載されていたプロジェクト対象国・地域の数:2022-23年
選考プロセスと選考結果
選考委員会は、委員長を含め4名のメンバーによって構成されているが、メンバーは昨年度と変わっていない。それゆえ選考に当たっては、昨年度との対比が絶えず念頭に置かれていた。
最初にプログラムオフィサー(PO)が提出書類を整理し、122件の申請書を読みこんだ。申請書として不備があるものや、冒頭で紹介した4つの条件を満たしていないと判断される案件を取り除いた上で、選考委員に審査を依頼した(たとえば図2にあるように、2023年度の申請で対象国が1か国しかない案件が4 件あったが、これは審査対象外とされた)。
4名の選考委員が申請書を査読し、採用を推薦する応募書類を選び、「これは」と思う案件にウェイトをかけた。またプロジェクトの内容やスケジュール、予算の積算根拠などに疑問が生じた場合や、成果の発信やその効果に改善の余地があると判断された場合、選考委員はその旨をPOに伝えた。POはこれらの疑問・懸念を申請者に投げかけ、申請者からの返答を選考委員に伝えた。そして4名の選考委員が行った評価を集計した上で、選考委員会を開催した。
委員会では推薦が得られなかった案件を除去した上で、1名以上が推薦した案件すべてに全選考委員がコメントし、申請者から得られた返答も精査した上で協議し、採否を決めた。最終的な採否にあたっては、カバーされる国やプロジェクト・テーマが重複していないかを確認し、総額が7000万円となるよう助成額を調整した。
今年度採択された8件については、以下のような特徴が見られる。
第一に、採択された8件はすべて2年助成で、1年助成は1件も採択されなかった。もともと多くなかった1年助成の申請で最終的に採択に至ったものはなかった。2021年度の選後評でも、「熱量のある申請書は2年助成の方で多く、コロナ禍だからこそこうしたプロジェクトが必要なのだ、といった強いメッセージをもつ申請書が多かった」と指摘したが、昨年同様、今年度も同様の傾向が見られた。
第二に、従来に比べても採択されたプロジェクトのカバーする国・地域の数は総じて少ない。図3にあるように、応募総数の52.5%が2か国のみをカバーしているのに対して、採択されたプロジェクトではこれが62.5%と、10ポイントも多くなっている。また、4か国以上をカバーしたプロジェクトは採択された申請にはなく、この点で例年と異なっている。
第三に、従来は、採択されたプロジェクトの申請者のうち、過去にトヨタ財団の助成を受けた者の割合が相対的に多かったのに対し、今年度はそうした傾向は見られなかった。122名の申請案件のうち、以前財団に採択された経験を持つ者が34名と全体の28%だったが、8名の採択者のうち採択された経験を持つ者は2名(25%)と、全体の傾向と大差なかった。
図3 申請書に記載されていたプロジェクト対象国・地域の数:採用案件と全体の対比(単位:%)
採択されたプロジェクトが扱うアジア共通の課題には、環境問題や高齢化などが含まれていたが、今年度は防災・減災関係の提案が多く、移民関係の提案は少なかった。後者については、申請候補者が特定課題「外国人材の受け入れと日本社会」の方に応募するようになったからかもしれないし、コロナ禍が収束しつつあることで移民問題が異なるフェーズに入ったからかもしれない。
なお、昨年度は採択件数が9件だったのが今年度は8件であったことからも、1件当たりの助成額は増えている。
採択案件の紹介
今年度の採択案件のうち、選考委員間で評価が高かった2つのプロジェクトを紹介したい。
[代表者]神山和夫 |
[題目]野鳥がつなぐアジアの持続可能なコーヒー:野鳥を指標とした環境評価手法による東南アジア2国の持続可能なコーヒー推進事業 |
[対象国]フィリピン、インドネシア |
[期間]2年間 |
[助成金額]860万円 |
国境をもたない野鳥に注目し、野鳥を指標とした環境評価と野鳥調査を同時に実施することで、対象地域で生産されているコーヒーのブランド化を行い、その森林保全を目指そうとするプロジェクト。提案者は野鳥観察を専門としているが、フィリピンやインドネシアのNGOや官庁関係者と連携し、また日本のコーヒー輸入業者とも協働することで目標を達成しようとする。発想が斬新で、プロジェクト実施のための準備がしっかりしているところが高く評価された。今後は各地におけるコーヒーのブランド化に注力することで、より大きなインパクトが得られるものと期待される。
[代表者]東 恵子 |
[題目]日韓におけるケアラー支援:ダブルケアラー・ヤングケアラー支援とケアが豊かな地域社会―ケアリングデモクラシー―への学びあい |
[対象国]日本、韓国 |
[期間]2年間 |
[助成金額]930万円 |
2015年度の国際助成プログラム採択プロジェクト「ダブルケアラー支援への提言」で作り上げた実績とネットワークを利用し、前回のプロジェクトでは全面的に展開するまでに至らなかった日韓での学びあい、とりわけジェンダー関係の立法蓄積が進んだ韓国の事例からの学びを進めることに焦点を当てたプロジェクト。日本にとって深刻な問題であることから選考委員の強い関心を呼び、「ダブルケア(ラー)」という言葉を流通させ、活発に啓発活動を続けてきた申請者たちの韓国との共同作業に対する期待が高く、今回の採択に繋がった。
おわりに
この数年、国際助成プログラムは申請(者)の要件を変えたり、対象国を増やしたりとマイナーチェンジを繰り返してきたが、昨年度から今年度にかけては、こうした変更を加えていない。しかも選考委員が全員留任したため、この間の変化を感得しやすい環境にあった。
従来多かった学術主導型の提案(大学教員が中心になったプロジェクト)が減り、実務主導型の提案(NGO関係者などが中心になったプロジェクト)が増えたためか、審査委員でも後者の事情に詳しい者からは、今年度の提案に新奇性が少なく、全体として強い訴求力をもつ提案が少なかったといった辛口のコメントがなされた。他方で、前者に造詣が深い審査委員から、今回出された提案の訴求力という点では、大きいものとそうでないものの違いが大きかったといったコメントもなされている。新奇性と実行可能性は往々にしてトレードオフ(あちら立てばこちら立たずの状態)の関係になりがちだが、NGO関係者からの提案が多かった今回は、実行可能性が高い着実な(あるいはすでに実行されている)プロジェクトの提案が多かったために、こうした評価がなされたようである。
昨年度に比べて応募件数が増えたのは喜ばしいが、内容が伴わなければ元も子もない。魅力的な提案を増やすには、申請書の書き方を指導するプログラムが必要となる。財団も、潜在的な申請者の発掘と育成といった作業に本格的に着手する段階に来ているのかもしれない。