選考委員長 園田 茂人
東京大学東洋文化研究所 教授
2021年度「アジアの共通課題と相互交流:学びあいから共感へ」選後評
2019年度、2020年度に続き、今回で3度目の選後評執筆となる。
この間、国際助成プログラムは募集の仕方を微調整してきた。2019年度に新設された重点領域は2020年度になくなり、完全なオープン公募となった。2021年度は、国際的な人の移動を伴わなくても済む1年助成を新設し、オンラインでの活動を軸にした新たな発想によるプロジェクトの提案を求めることとした。もっとも、国際助成プログラムの要諦は変わっていない。学び合いを通じたアジアの共通課題の解決を目指す、以下の4つの条件を満たすプロジェクトを支援することを目的としており、総額7000万円の助成額も今まで通りである。
(1)国際性:プロジェクトがカバーする地域が東アジアないし東南アジアの2カ国以上、プロジェクトを動かすメンバーも同様に2カ国以上から集まっていること。また、プロジェクトの成果/効果が国際的な広がりをもっていること。
(2)越境性:問題解決のために必要かつ十分なマルチセクターの専門家(研究者やNPO職員、ビジネスパーソン、行政担当者など)が有機的に関わり、プロジェクトに参加していること。
(3)双方向性:プロジェクト実施にあたって、参加者が相互に学びあう関係性を構築していること。
(4)先見性:プロジェクトがもたらすアウトカムを強く意識し、助成終了後のインパクトや今後の発展可能性を含んだものであること。また、将来生じうる問題を視野に入れ、従来の枠組みを越えた新しい視点を持つこと。
応募状況と申請内容の概観
2021年4月1日に公募を開始し、6月5日まで申請書を受け付けた。昨年度はコロナ禍の影響で公募時期を少し遅らせたが、今年は今まで通りの開始時期となった。
個別の事前相談では、2年助成に応募すべきか1年助成に応募すべきか迷っている応募者も散見された。コロナ禍がいつ収束するかわからない中で、どの程度の規模でプロジェクトを動かし、どのようにスケジュール管理を行うべきか戸惑う応募者が少なくなかったようである。
残念ながら、新設の1年助成については応募数が23件と、こちらが期待していたほどには多くなかった。他方2年助成の応募数が93件と、従来の3分の2程度へと減ってしまったため、総計は116件にとどまった。そのうち、以前トヨタ財団から助成を受けたことがあるのが15件(12.9%)で、昨年の割合(15%)と大差ない。
申請者の国籍分布については、この3年で大きな変化が見られない(表1参照)。申請者が日本に在住しているとする条件があることから、7割ほどが日本国籍の持ち主となっており、こうした傾向は1年助成についても見て取れる。総じて東南アジアの国籍保持者からの申請書は増え、東アジアの国籍保持者からの申請者が減っているが、これは後述するプロジェクトの対象国の分布にも影響を与えている(図1参照)。
表1 申請者の国籍分布:2019・20・21年度
提案されたプロジェクトがカバーする国(図1)とその数(図2)、およびその組み合わせ(図3)から、東南アジア諸国を対象にした申請プロジェクトの割合が相対的に増え、日本と東アジア、あるいは日本以外の東アジアのみのプロジェクトは割合を減らしていることがわかる。また6か国以上を対象にした対象地域の広いプロジェクトの提案が減少し、堅実な提案が相対的に多くなった印象がある。申請書に書き込まれたキーワードは、人権保護や食品安全、環境保護と持続可能性、ツーリズム、貧困・格差、防災、資源管理、高齢化、医療協力など多様だったが、プロジェクトの説明の際に昨年以上にコロナ禍に言及するケースが多かった。コロナ禍によって顕在化した(あるいはより深刻化した)アジア共通の課題を解決するといったミッションを掲げた申請書が増えたためである。
図1 申請書に記載されていたプロジェクト対象国:2019・20・21年度
(東アジア・東南アジア以外は除く)
図2 申請書に記載されていたプロジェクト対象国の数:2019・20・21年度
(東アジア・東南アジア以外は除く)
図3 申請書に記載されたプロジェクト対象国の類型:2019・20・21年度
(東アジア・東南アジア以外は除く)
選考プロセスと選考結果
選考委員会は、委員長を含め4名のメンバーから構成され、その全メンバーが昨年度から継続して選考に当たっている。そのため、昨年にましてスムーズに選考を終えることができた。
最初に3名のプログラムオフィサー(PO)が提出書類を整理し、116件の申請書を読みこんだ。申請書として不備があるものや、冒頭で紹介した4つの条件を満たしていないと判断される案件を取り除き、選考委員会メンバーに審査を依頼した。
4名のメンバーが申請書を査読し、近年の採択実績から採択プロジェクト数を、1年助成を3件、2年助成を6件と見込んだ上で、合計9件を選抜。選抜にあたっては「是非とも採択したい」と考える少数のプロジェクトにウェイトをかけたスコアを与え、個々にコメントを付した。
プロジェクトの内容やスケジュール、予算の積算根拠などに疑問が生じたり、実際のプロジェクトの実施に困難が想定されたりする場合、選考委員会のメンバーはその旨をPOに伝え、POはこれらの疑問・懸念を申請者に投げかけ、申請者からのフィードバックを得た上で選考委員会に臨んだ。
最後に、4名のメンバーから得られた評価の集計をし、選考委員会を開催した。委員会では、まったく推薦が得られなかった案件を除去し、1名以上のメンバーによって推薦された案件に全メンバーがコメントし、1件1件協議した。最終的な採否にあたっては、カバーされる国やプロジェクトのテーマ、1年助成と2年助成のバランスを考慮し、助成総額7000万円に収まるよう助成額を調整して、採択プロジェクトを決定した。
今年度の採択案件10件(うち1年助成3件、2年助成7件)については、以下のような特徴が見られる。
第1に、採択案件の代表者が再び日本国籍の保持者のみになった。2019年の選考で、今まで数人いた日本人以外の代表者がなくなり、大きな変化を感じたが、今回の選考でも2019年同様、代表者が日本国籍の保持者のみになってしまった。コロナ禍にあって、日本人以外へのアウトリーチが難しくなっている可能性があり、財団として今後対応策を検討しなければならないかもしれない。
第2に、プロジェクトがカバーする国・地域に東アジアが増えた。2019年では韓国と台湾を対象としていたプロジェクトがそれぞれ1件、2020年では東アジアを対象にした採択プロジェクトは1件もなかったが、今年は韓国1件、台湾3件、中国1件と増えた。他方で、この2年ほど常連だったインドネシア、マレーシア、ミャンマーといった東南アジア諸国は、今回の採択プロジェクトには入っていない。申請者の国籍ベースでは東南アジア人の応募は相対的に増えたものの、最終的に採択された案件はむしろ少なくなっているのである。
従来のように日本と東南アジアをつなげるプロジェクトや、東南アジア域内を結び付けるプロジェクトも採択されているとはいえ、昨年なかった「日本+東アジア+東南アジア」の組み合わせは2件、「日本+東アジア」の組み合わせは3件、それぞれ採択されるに至っている。特に、日本と台湾を結び付けたプロジェクトは3件採択されるなど、コロナ禍での日台関係の結びつきの強さを印象付ける結果となっている。申請書レベルでは「日本+東アジア」の組み合わせは9件と減少したものの、その内容に対する選考委員会の評価は高かったということになる。
第3に、例年指摘されていた、過去の助成対象者によるプロジェクトの採択率の高さは、今回は該当していない。昨年度の場合、「140件の応募案件のうち、以前財団の助成を受けた方からの申請が21件。うち採択に至ったのが3件で、採択率は14.3%となる。他方、財団からの助成を受けたことがない方からの119件の申請書で、今回採択されたのが6件、採択率は5%」(昨年の選後評)だった。ところが今年度の場合、116件の応募案件のうち、以前財団の助成を受けたプロジェクトの代表者、あるいはそのメンバーからの申請が16件。うち採択に至ったのは1件のみで、採択率は6.3%へと半減している。他方、財団から助成を受けたことがない方からの100件の申請書で、今回採択されたのが9件、採択率は9%だから、昨年とは逆の結果となっている。
昨年度採択されなかった環境保護・持続可能性関係のプロジェクトは、今年度は3件採択されている。他方で近年は毎年1件は採択されていたツーリズム関係のプロジェクトは、今年度は1件も採択されていない。また、一昨年度は重点領域に指定されていたこともあって3件採択され、昨年度も2件採択されていた移民関係のプロジェクトは、今年度は1件しか採択されていない。
このように、今年度の応募傾向や採択プロジェクトの特徴は、昨年度と若干異なっていたようである。
採択案件の紹介
今年度の採択案件のうち、比較的評価が高かった2年助成プロジェクトと1年助成プロジェクトを1件ずつ紹介しよう。これらはたまたま日本も対象国になっているが、日本が対象国となっていない採択プロジェクトが2件あることも付記しておく。
[代表者]行元沙弥 [題目]気候変動と貧困問題の同時解決システム構築のため、台湾の“-+モデル”をタイと日本でノウハウ移転を行い各国での展開を図る |
[対象国]日本、台湾、タイ |
[期間]2年間 |
[助成金額]970万円 |
気候変動(温暖化)現象に歯止めがかからない背景には、こうした問題を考える余裕のない貧困層や企業の無関心があるとの認識から、台湾で開発された“-+モデル”(企業に請求書や領収書のデジタル化を求め、そこで浮いたお金を寄付してもらい、貧困家庭の電力をLEDに替え、その分浮いたお金を貧困家庭に還元するなど、一連の行動連鎖でマイナス要因をプラス要因に替えていく仕組み)を京都市、バンコク市と提携し、それぞれの自治体の状況にあったプログラムに落とし込んでいくプロジェクト。システム変容を自治体に埋め込む発想ばかりか、台湾の成功事例をローカルな状況を組み入れて展開していく計画がすばらしい。そのプロセスまでも対外的に開示・発信できるようになると、プロジェクトの魅力はより高まるだろう。
[代表者]森田玲 [題目]多様な他者が向き合い、分かり合うためのメディア:ストーリーテリングの実地経験からの学び合い |
[対象国]日本、カンボジア、フィリピン |
[期間]1年間 |
[助成金額]300万円 |
市民ジャーナリズム、独立メディアのさらなるエンパワーメントを目指したプログラム。SNSなどで参加者を募集し、オンラインでのセミナーやワークショップ、映像試作を通じて細かな「ストーリーテリング」の技法の習得を促すことを目的としている。2016年から19年にかけて類似のプロジェクトを5カ国で実施してきた。その経験を活かし、今回は対象地を日本、カンボジア、フィリピンに絞って実施する計画を立てている。
おわりに
昨年度は、コロナ禍が世界に広がりつつあった時期に募集をかけたにもかかわらず、応募総数はさほど減らなかった。ところが今年度は、コロナ禍で国際的な移動ができない状況にあって、それでも活動の芽を伸ばそうと1年助成を新設したものの、応募総数は減少してしまった。残念ではあるが、熱量のある申請書は2年助成の方で多く、コロナ禍だからこそこうしたプロジェクトが必要なのだ、といった強いメッセージをもつ申請書が多かった。
また、環境保護や地域活性化とICTを掛け合わせた提案も採択されるなど、従来とは異なる視点からのアプローチも散見された。ただ、採択されたプロジェクトの代表者のうち、20歳代は1名、30歳代は1名と少なかったのは残念である。若い方々からの斬新な提案が出てくることを期待したい。