選考委員長 園田 茂人
東京大学東洋文化研究所 教授
2020年度「アジアの共通課題と相互交流:学びあいから共感へ」選後評
2019年度に続き、今回で2度目の選後評執筆となる。
2019年度は重点領域(A)「異なる国籍や文化的背景を持つ多様な人々が共に暮らす社会」が設置され、それ以外の領域(オープン領域(B)と評される)のいずれかに応募する形となっていたが、今年度は重点領域(A)の枠が外されることになった。2019年度に新設された特定課題プログラム「外国人材の受け入れと日本社会」が、重点領域(A)の趣旨・内容と重複していたのが、その最大の理由である。また、申請内容が重点領域に関わるもののオープン領域(B)で応募してきたり、またその逆だったりと、昨年度のスキームに若干の混乱があったことも関係している。ともあれ重点領域の設定が外れたことで、申請者はアジアの共通課題がいかなるもので、どのような相互交流を構想するかを自由に設定でき、選考委員も申請書をフラットに評価することができるようになった。
助成プロジェクトの採択にあたって財団が設定する5つの条件(社会的意義が大きい、内外の課題を先取りする、未来志向、持続可能性・発展可能性がある、波及効果が期待される)も、4つのキーワードも不変。全体予算も7000万円と、これも旧来と変わっていない(https://www.toyotafound.or.jp/international/2020/ )。
応募状況と申請内容の概観
今年度も例年同様に、4月に公募開始。コロナ禍が世界規模で広がる中で、当初は応募数の大幅な減少が危惧された。コロナ禍によって国境を越えた移動が制限される中で、相互交流がデザインしにくくなるだろうと想定されたからである。ところが応募件数は140件と、2019年度の147件からの微減にとどまったことから、コロナ禍の影響は最小限に食い止められたといってよい。
昨年度、プロジェクト代表者が主な居住地を日本に置いておくことを新たな申請条件としたため、申請者の国籍に大きな変化が見られた。従来、全体の3分の1強だった日本国籍保持者による申請数が昨年度は7割を超え、他方でマレーシアやインドネシア、フィリピンの国籍を持つ者の申請数が激減したのだが、今年度の申請者の国籍分布も昨年度のものと酷似している(表1参照)。昨年度申請者がいなかった中国国籍保持者から申請があったり、東南アジアの国籍保持者からの申請が再び減少したりと、多少の変化はあったものの、日本国籍保持者から7割以上の申請が出てきた点では、大きく変わっていないのである。
表1 申請者の国籍分布:2019・20年度
プロジェクト対象国の数(図1参照)及びその組み合わせ(図2参照)から見ると、昨年度より日本と東南アジアの1カ国をペアにした申請書が増え、日本と東アジア、東南アジアをカバーした3カ国以上の申請書が減っていることがわかる。9か国以上をカバーした壮大な提案は0件から5件へと増えたものの、総じて実行可能性を熟慮した申請が多かったようである。また、日本と東アジアを軸とした申請書も減少し、日本と東南アジアに焦点を当てた申請書が多くなっている。
図1にあるように、今年度も1カ国のみをプロジェクトの対象とした申請書が3件あったが、これは上述の4つのキーワードの1つである「国際性」の条件をクリアしていないことから、審査対象から外されている。
図1 申請書に記載されていたプロジェクト対象国の数:2019・20年
(東アジア・東南アジア以外は除く)
図2 申請書に記載されたプロジェクト対象国の類型:2019・20年度
(東アジア・東南アジア以外は除く)
申請書に記載されたプロジェクト対象国の分布を示したのが図3だが、日本国籍保持者からの申請が多かったことからもわかるように、今年度も日本をプロジェクト対象とした申請書が多く、111件と昨年と同数だった。日本と東南アジアの組み合わせプロジェクトが増えたと述べたが、細かく見ると、インドネシアを対象とする申請書は増え、マレーシアを対象とする申請書は減るなど、国によって変化の仕方が微妙に異なっている。
図3 申請書に記載されたプロジェクト対象国:2019・20年度(東アジア・東南アジア以外は除く)
申請書に書き込まれたプロジェクトの内容は多様で、多文化共生やジェンダー、環境保護と持続可能性、文化財保護、ツーリズム、教育、貧困・格差、防災、食品安全、資源管理、コミュニティ構築、高齢化など、多くのキーワードが言及されていた。
選考プロセスと選考結果
選考委員会は、委員長を含め4名のメンバーから構成された。うち2名は昨年度からの残留、2名は新メンバーとなったが、選考プロセスはおおむね昨年度と変化がない。
最初にトヨタ財団の3名のプログラムオフィサー(PO)が提出書類を整理し、140件の申請書を読みこんだ。申請書として不備があるものを取り除き、選考委員会メンバーに査読を依頼した。
4名のメンバーが申請書を査読し、近年の採択実績から採択プロジェクト数を10件と見込んだ上で、10件を選抜。選抜にあたっては「是非とも採択したい」と考える少数のプロジェクトにウェイトをかけたスコアを与え、個々にコメントを付した。疑問が生じた場合、あるいは実際のプロジェクトの実施に困難が想定される場合、査読メンバーはその旨POに伝え、POはこれらの疑問・懸念を申請者に投げかけ、申請者からのフィードバックを得た。
最後に、4名のメンバーから得られた評価の集計をし、選考委員会を開催した。委員会では、4名のメンバーのうち最低1名が推薦した22件の申請書を取り上げ、メンバー各自が推薦する/しない理由を述べあった上で、意見の齟齬がある場合には討論をし、メンバー間の意見調整を行った。申請者からのフィードバックも吟味した上で採択候補案件としての仮決定を行い、その後、テーマや地域のバランス、予算の配分額などを確認した上で、最終決定とした。
採択された案件は、昨年同様に9件。採択率6%強の、従来通りの狭き門となった。
今年度の採択案件については、以下のような特徴が見られる。
第一に、申請書全体の特徴を反映して、比較的少数の国を対象とした、日本と東南アジアの組み合わせによるプロジェクトが多い。後で紹介する白井裕子さんのプロジェクトではラオス、タイ、ミャンマー、伊藤健さんのプロジェクトではフィリピン、タイ、インドネシアと、日本を含まない東南アジア域内を対象としたものだが、それ以外はみな、日本と東南アジア(及び東アジア以外の国)を組み合わせたプロジェクトとなっている。逆に言えば、東アジアを含めたプロジェクトは(最終選考対象となった22件に残った申請書はあるものの)、最終的に1件も採択されなかったことになる。2019年度は「日本+東アジア+東南アジア」という組み合わせのプロジェクトが2件採択されたが、今年度はこの組み合わせで採択されたプロジェクトは1件もない。
第二に、現下のコロナ禍を射程に入れたプロジェクトが複数、採択されている。Dipesh Kharelさんのプロジェクトは、コロナ禍で自国との往復ができなくなった、ベトナムやネパールからの日本への就学生を対象にした映像エスノグラフィーの制作を目的としており、草彅佳奈子さんのプロジェクトは、コロナ危機に直面した日本、インドネシア、マレーシアにおける教育を振り返り、そこから必要とされるグローバル市民教育のあり方を、子どもたちとの学びの中で考え、具体的な提案をしていこうとしている。吉村英里さんのプロジェクトは、日本とタイを繋ぎ、感染症が蔓延した状況にあってどのように移民支援を行うかを、若手人材の学びを通じて実現しようとしている。これらの提案は、今まで実施してきたプロジェクトをもとに構想され、すでに存在しているネットワークを利用し、コロナ禍での「国境を越えた連帯」を模索している点で共通している。
第三に、以前財団の支援を受けてプロジェクトを実施した方からの採択率が高くなっている。今回あった140件の応募案件のうち、以前財団の助成を受けた方からの申請が21件。うち採択に至ったのが3件で、採択率は14.3%となる。他方、財団からの助成を受けたことがない方からの119件の申請書で、今回採択されたのが6件、採択率は5%だから、その差は大きい。
なお、例年採択されていた環境保護・持続可能性関係のプロジェクトが、今年度は1件も採択されなかった。このコロナ禍にあっても環境保護の重要性には変わりないのだから、残念な結果である。
採択案件の紹介
今年度の採択案件のうち、比較的評価が高かったプロジェト2件を紹介しよう。
白井裕子 COVID-19パンデミック禍でのアジア東西経済回廊の国境越境地域におけるコミュニティの持続的発展とそのマネジメント |
対象国:ラオス、タイ、ミャンマー |
期間:2年間 |
助成金額:900万円 |
本プロジェクトは、ラオス、タイ、ミャンマー国境の東西経済回廊に焦点を当て、ラオス/タイ国境と、タイ/ミャンマー国境に接した2つのコミュニティでの学び合いを通じて「越境力(cross-border capacity)」を涵養することを目的としている。コミュニティで暮らす人々が国境によって生み出される問題を理解し、これを乗り越える力を身に着けるための様々な工夫が提案されている。現地の研究者ばかりか、地方・政府の役人なども参加するようプロジェクトが設計されているが、これも過去のプロジェクト運営の経験を検討した結果である。
コロナ禍で国境を封鎖するしかなかった今日の世界にあって、当該地域以外の人びとによる学びも期待できるタイムリーな提案で、現実的な地域の発展など、学問領域を超えた社会へのインパクトを追求すれば、よりよいプロジェクトになるだろう。
伊藤健 社会的投資を通じた、国境を超えたクロス・セクター連携の促進 |
対象国:フィリピン、インドネシア、タイ |
期間:2年間 |
助成金額:900万円 |
AVPN(Asian Venture Philanthropy Network)が主宰する政策リーダーシップラボにフィリピン、インドネシア、タイから8名の政策立案者/第三セクター管理者を招聘し、そこでの活動を通じて、これらの地域の社会的投資を活性化させようとするプロジェクト。社会的投資家そのものを育成するというより、その周辺にいる重要な政策リーダーに社会的投資に対する理解を深めてもらい、彼ら/彼女らに社会的投資を支援してもらうよう作りこまれたプロジェクトで、その先見性は高く評価される。ロックフェラー財団やBMW財団などとの共同作業を進めているなど、その実績も十分である。
実施に当たっては、AVPN内部および周辺ネットワークを充分に活かし、多様なセクターの巻き込みをより強く意識していただくと、そのアウトカムも強力なものとなるだろう。
以前採択された経験がなくても、説明会に出席したり、プログラムオフィサーに細かな相談をしたりと、財団のミッションや国際助成プログラムの特徴・狙いを理解されている方から提出される申請書には、総じて強い訴求力があった。来年度の申請を考えておられる方は、この点を銘記しておいていただきたいと思う。
おわりに
現下のコロナ禍にあって、心配していたほどに申請書の数が減らなかったのは、その前から計画されていたプロジェクトがそれなりの数あり、旧来の「社会関係資本」が利用されたからである。もっとも、採択されたプロジェクトを実施する際にも、コロナ禍は陰に陽に影響を与えるはずで、採択されたプロジェクトの責任者には、慎重なプロジェクト運営を求めたい。
他方で、コロナ禍が長期化すると新しい出会いの場が限られてしまい、「社会関係資本」が摩耗するばかりか、新たな「社会関係資本」が作られなくなってしまう。となると、新しい挑戦的なプロジェクトも構想しにくくなる。移動を伴う様々な活動をする中でアジアに共通する課題を見つけ、その解決に向けての具体的なアクションが生まれることを考えると、私たちの「足」が奪われている現在の状態は、今後の国際助成プログラムの成長・発展にとって致命的でさえある。
コロナ禍の収束を心から願ってやまない。