公益財団法人トヨタ財団

  • 国内助成プログラム

2023年度国内助成プ­ログラム ­選後評

選考委員長 牧野 篤
東京大学大学院教育学研究科 教授

トヨタ財団2023年度国内助成プログラムは、昨年度に引き続き「新常態における新たな着想に基づく自治型社会の推進」をテーマに、2つのカテゴリーにおいて公募を行った。そのカテゴリーとは、「1)日本における自治型社会の一層の推進に寄与するシステムの創出と人材の育成」(以下、「1)日本社会」と記す)、「2)地域における自治を推進するための基盤づくり」(以下、「2)地域社会」と記す)である。

前者には34件、後者には114件、総数148件の応募があり、事務局のプログラムオフィサーが全ての応募案件について要件や書式不備などの確認を行った上で、選考委員会における選考を実施した。

選考委員会は委員長はじめ5名の専門家から構成され、大学などで社会学・まちづくり・住民自治などに関する教鞭を執りつつ、社会的な実践を行っている委員のほか、地域づくり団体やNPOなどの支援や伴走に取り組み、自治型社会の形成に造詣の深い委員が参画した。選考は、企画書による事前審査においてそれぞれの委員が推薦案件を選び、それらを事務局が集計した結果をもとにして、「1)日本社会」は7件(8件であったが、1件は最終的に応募辞退のため7件)に対するプレゼンテーションを含めた選考を、「2)地域社会」は企画書の書面審査の結果をもとにした選考を、それぞれ一日かけて選考委員の合議のもとで行った。

選考委員会での審議において、追加確認が必要と判断された案件や条件付きでの採択提案となった案件について、後日に事務局によるヒアリングを実施し、その結果をもとに選考委員長による決裁を行い、「1)日本社会」については1件、「2)地域社会」については8件、助成総額6,270万円を採択することとした。

総評

昨年度に引き続いて「新常態における新たな着想に基づく自治型社会の推進」をテーマにした公募であったが、多様な企画提案がなされ、書面審査の段階で、各選考委員の評価が大きく分かれた点が、今年度の大きな特徴であるといえる。これは、「1)日本社会」においても、「2)地域社会」においても、同様であった。

テーマにある「新常態における」とは基本的に、コロナ禍で新たな生活様式が求められることとなったが、その過程で、従来のいわば地縁組織的な、また網羅的な、地域自治組織が機能不全を起こすなど、これまでに指摘されながらも、人々の努力(または無理をすること)によって維持されていた旧来の自治組織の諸機能のほころびが見えるようになったことに対して、コロナ後にどのような自治の在り方を構想するのか、このことを問う言葉である。この問いにおいては、さらに「新たな着想」が求められると考えられ、それをもとに、「自治型社会」とはどのようなものを指し、またそれをどう構想し、どう社会実装するのか、このことがテーマとして設定されたのだといえる。

とくに新型コロナウイルス感染症が第5類に位置づけられ、新たな日常生活をつくることが急務になった今年度は、いわゆるコロナ後の社会をどのように構想し、それをどのように新たな自治の在り方へとつなげ、社会実装するのかが、問われることとなった。この点について、当事者それぞれでとらえ方が多様化しており、そのことが企画提案に反映した結果、選考委員の評価が大きく分かれることとなったのだと思われる。いいかえれば、自治のあり方そのもののとらえ方が多様化し、それぞれの関係者によってその意味することが異なっているということであり、なおかつ、そうでありながら、その多様な自治を貫く通奏低音としての当事者性や対等な関係性が見られ、それがこの社会の基盤の安定的な形成を見通すものとなっているということである。このことはまた、当事者性や対等な関係性として抽象化できることそのものが、実際の現場レベルでの実践においては、多様な具体性をもって自治の在り方を規定していることを物語っている。繰り返すが、それがゆえに、選考委員の評価が一つひとつの企画提案において大きく分かれ、選考が難航したのだといえる。この意味では、各選考委員の多様に分かれた評価、また今回の公募に対する応募実態そのものが自治的な社会の一つの在り方、すなわち多元的でかつ民主的で公正な社会の在り方を示しているようにも思われる。

このように自治のとらえ方が多様化していく社会(=本プログラムの趣旨)においては、本テーマ「新常態における新たな着想に基づく自治型社会の推進」を考える上で、企画提案側の社会(=本プログラムの趣旨)への想像力と共感力、そして構想力が問われることとなる。このことが、今回の選考においては採否を左右することとなったといっても過言ではない。上記のように自治のとらえ方が多様化する社会においては、本テーマそのものが多様な自治型社会の解釈を許しつつも、その解釈にもとづいてどのような自治を構想するのかを提案者に問い返すこととなるからである。提案者は現実の社会に生活する人々へのみずからの想像力をふくらませ、その生活のありかたへの共感力を逞しくしつつ、その生活をどのように組み換えて、自治型社会を担う当事者として、ともに歩み、よきことを実践する社会を実現するのか、が問われ、それをどのように本公募案件へと練り上げて、提案するのか、が問われているのである。

今回の選考結果には、このことが如実に表れているといってよい。「2)地域社会」においては、各選考委員の評価が散らばり、助成対象を選考することが難航したが、それはまた提案それぞれの自治のとらえ方が異なり、各地域をフィールドにした当事者としての想像力と共感力、そしてそれにもとづく新たな自治の提案が、それぞれに魅力的であったことによる。多くの提案において、そのフィールドとする地域への熱い想いが汲み取れ、その想いに支えられた当事者への共感と想像、そこから剔出される課題とその解決方法、そしてそれがもたらす新たな自治の在り方、これらが一つの企画提案として提示されているのであり、それはまた本テーマの問いへの、それぞれの地域・プロジェクトチームからの応答であるといえる。

それゆえに、書面審査の段階で各選考委員が頭を悩ませたことは想像に難くない。選考委員会での合議においても、議論百出、収拾は難しいと思われた。しかしながら、蓋を開けてみれば、議論は一つの焦点へと収斂していくこととなった。それは、提案者や実践者・住民などのステークホルダーの当事者性が重なり、自治の概念を組み換えつつ、ひろげ、新たな担い手論へとつながっている、つまり新たな社会の構築がイメージを持って迫ってくる、ということであった。

それに対して「1)日本社会」では、日本という大きな空間をとらえ、またデジタル技術を活用するという本公募の条件に対する提案者側の戸惑いがあったように見える。ほぼすべての企画提案で、みずからがとらえた地域社会の課題とそれへの対応策を日本という大きな枠組みへと展開するところで方法論を欠き、自治型社会を日本という社会においてどのように展開するのかを提案するには至っていないと判断された。とくに、多くの提案で、「2)地域社会」で見られたような地域社会などのフィールドへの丁寧なアプローチが見られず、さらに想像力と共感をひろげた上で、それを日本社会へと展開していく筋道がとらえられるには至っていないようであった。

なかには自治の在り方を一つのシステムとして展開することで、日本全体を新たな自治システムに包摂しようとするかのような提案もあったが、そこではこの自治システムに包摂されつつ、それを担う「人」とはどういう存在であり、その個別具体的な日常生活の在り方をどのように抽象化し、それをどのようにシステムとして組み上げるのか、という問い返しがないように思われた。上からの上意下達のシステムではない以上、一つのシステムへと包摂することは、基本的に一人ひとりの生活に寄り添いつつ、想像力と共感をひろげ、そこから抽出される通奏低音としての普遍的な自治がとらえられる必要があるが、この企画提案にはそのような発想はないようであった。

この意味で、コロナ後の新たな社会を構想しなければならない今日において、「1)日本社会」という大きな設定は、提案者の想像力と共感力そしてそれらにもとづく構想力を試すものであったが、今回の公募では残念ながら、本プログラムのテーマの問いに応答し、それを乗り越えるものが少なかったという結果となった。

助成対象案件への若干のコメントを以下に挙げたい。

「1)日本社会」

【プロジェクトチーム名】ミライクエスト推進チーム
【企画題目】ミライクエスト ―次世代の自治型社会を担う若き冒険者たちを応援するプロジェクト
里山×STEAMを基本的枠組みとし、一人ひとりの子どもが里山のもつ持続可能な仕組みの根本に触れ、それをみずからの探究へと結びつけて、STEAMの実践を展開し、持続可能な社会を実現する当事者へと育つことを後押ししようとする取り組みである。里山は様々な地域社会へと概念的な展開が可能で、汎用性が認められた。また、子どもたちがおとなたちとの多様な活動経験を通してみずから学び、自己を当事者として育てる支援システムとしてのデジタル・マンダラが用意されており、それがそれぞれの子どもを結びつけるプラットフォーム、つまり多様性を担保する共通枠組みとして機能している。個別の子どもたちが共同性と想像力・共感力を備えた互恵性溢れる当事者として育つ可能性を十分に持った提案である。また本提案は、子どもたちの自由な学びを後押しするという開放系の構造をもっており、新たな自治型社会を各地に芽生えさせることにつながるものと期待される。


「2)地域社会」

【プロジェクトチーム名】池鯉鮒大田楽実行委員会
【企画題目】多様化社会を繋ぐ地域の文化交流の場づくり ―池鯉鮒大田楽
言語を中心とする多文化社会ではなく、身体性を基本とした田楽(民俗舞踊)への企画から公演の実現までのかかわりを通して、外国人住民をも巻き込みつつ、主人公へと練り上げ、それを地域社会の活性化へとつなげようとする提案である。従来の言語保障を基本とする多文化共生社会の行き詰まりを乗り越えるものとして、また言語ではなく身体性を基本とした自治の在り方を構想するものとして、注目される。

【プロジェクトチーム名】蒲郡ハッカソンチーム
【企画題目】デジタル技術を活用した若者主体の地域課題解決型プラットフォーム「蒲郡ハッカソン」
ひきこもりや障がいなどの課題を抱える若者たちに対して、社会参加の糸口をつくるハッカソンのプラットフォームを形成し、そこに地元の事業者などもかかわって、新たな自律型の社会をつくろうとする企画提案である。社会的な弱者である若者を育てようとする観点が、デジタル技術の活用によって、今後の社会づくりに生かされること、さらにこの提案そのものが課題達成型ではなく、開放系の構造をとることで、様々なアクター形成に展開することが期待される。

【プロジェクトチーム名】湘南のきさきフルーツプロジェクトチーム
【企画題目】湘南のきさきフルーツプロジェクト ―お庭の未活用果樹を使った地域の新しいつながり創出
各家庭の庭になっているフルーツを活用して、その収穫から加工・販売を通して、地域住民のかかわりを生み出し、新たな住民自治の在り方を模索しようとする企画提案である。のきさきフルーツという視点が新鮮で、だれもが気軽にかかわることができ、かつビジネス展開の可能性もあり、多様なアクターを巻き込んだ新たなコミュニティ形成につながることが期待される。また、対象地域は湘南地域という都市部だが、本提案は農山村地区における放置果樹による鳥獣害対策にもつながる視点を有しており、他地域展開の拡張性もあるものと思われる。

【プロジェクトチーム名】地域助け合いネットワーク構築プロジェクトチーム
【企画題目】AIを活用した地域資源の発掘と地域助け合いネットワークの構築
地域の助け合いネットワークの構築のために、地域資源をインターネットと連動した生成系AIによって発掘し、相互のかかわり合いを促そうという企画提案である。都市部などでは、人々の自律的な助け合いを促すためにも、人的資源のリスト化が急務であり、それをAIを用いて省力化するニーズは高い。個人情報保護や経験則以上の資源の発掘にはつながらないこと、新たな自治型社会のイメージがやや弱い懸念はあるが、それを超えて、住民同士の助け合いが促されることが期待される。

【プロジェクトチーム名】みまもる児玉プロジェクトチーム
【企画題目】保育を起点とした新しい自治のかたち「みまもりあう児玉」
社会福祉法人が経営する子ども園を舞台にして、住民交流の拠点をつくり、子どもを起点とする新たな関係を醸成して、誰もが当事者としてかかわる社会を構築する企画提案である。子ども(保育)と高齢者という組み合わせは多いが、それを地域社会のありかたにまでひろげつつ、人々が地域社会の当事者となることを支える事業は多くはない。子どもたちが早くからおとなと触れあうことで、利他性や互恵性が強まることもわかっており、コーディネート人材の育成も含めて、自治型社会の核となる取り組みとして期待される。

【プロジェクトチーム名】町場で◯◯プロジェクトチーム
【企画題目】危機感・課題意識だけでない、町場の資源を面白がることから始める地域の自治
課題解決型のまちづくりは負担感を増大させ、長続きしないことがいわれるが、本企画提案は面白がることを基本として、地域資源を活用した当事者性の増大をめざすもので、新たな当事者性の生成が期待される。とくに提案チームのメンバーは20代が多く、さらに「無人化する駅」という拠点をとらえて、まちのあり方を構想するなど、視点がユニークであり、このチームそのものがプロジェクトとして新たな自治型社会へと形成されることも興味深い。

【プロジェクトチーム名】みんなで助かる、みんなが助かる上町エリアプロジェクトチーム
【企画題目】避難所運営委員会を通じた次代につなぐコミュニティづくり
激甚災害が多発するなか、防災のまちづくりは急務であるが、防災訓練などで住民に負荷をかけることで、却って地域住民の関係が壊れるなどの問題が起こっている。本企画提案は、町内会が基盤となって、避難所経営のためのスキルの獲得や資源の発掘をデジタル活用によって進め、平時の自律的なコミュニティ形成を通して緊急時の助け合いにつなげようとするものである。都市部町内会によるデジタルを活用した災害に備えるつながりづくりの試みは実践例がほとんどなく、新たな自治型コミュニティの形成が期待される。

【プロジェクトチーム名】ホップステップカンパイ!プロジェクト
【企画題目】定住地縁型から流動住民も含むテーマ型自治へ、ゆる自治カンパイ!プロジェクト
地縁網羅型の自治が機能不全を起こすなか、流動住民いわばノマドを組み込むテーマ型自治の提案である。本企画では「地ビールの醸造」を核として、人々を緩やかに結びつけることが提案される。目的達成型ではなく、むしろ志向主導型で次々とセレンディピティが起こり、新たな巻き込み型のテーマの渦がうまれ、渦がネットワークのノードを構成する公正で平等な地域社会=自治型社会を連想させる。


選考委員会における合議の過程では、多数意見が少数意見に説得されて採否の結論が覆る場面が多く見られた。これも、それぞれの企画提案が魅力的であり、かつ新たな自治型社会に向けての多様なイメージが提示されたからであり、かつ選考委員会の合議が民主主義の基本、つまり少数意見の尊重と熟議を通した一般意志の確認による合意形成が実践され、機能したことの結果だと思われる。

コロナ後の日本社会にとって、人々の当事者意識と想像力・共感に支えられた自治型社会の形成は急務であると思われる。今後も、本プログラムへの積極的な応募を呼びかけて、今年度の選考の選後評を閉じることとしたい。

応募件数 助成件数 採択率
1)日本における自治型社会の一層の推進に寄与するシステムの創出と人材の育成 34 1 2.9%
2)地域における自治を推進するための基盤づくり 114 8 7.0%
合計 148 9 6.0%
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