選考委員長 城山 英明
東京大学大学院法学政治学研究科 教授
特定課題「先端技術と共創する新たな人間社会」の選考について
ヨタ財団研究助成プログラムでは、2018年度から、「先端技術と共創する新たな人間社会」という特定課題を設けました。AIのような先端技術が出てくるなかで、社会でそのような技術をどのように扱っていくべきか、将来的には人間社会のあり方はいかにあるべきか、といった先端技術のユーザーサイドからの視点を踏まえた研究を支援するのが目的です。今年度は3回目の提案募集になりますが、幅広い34件の応募を得て、最終的に6件のプロジェクトを採択しました。
採択されたプロジェクトは、大きく3つのタイプに分けることができると思います。
第1のタイプは、具体的な現場における先端技術の利用可能性と課題を検討するものです。その中でも医療・福祉関係のものが2つ採択されました。
D20-ST-0017大門公彦(静岡県伊豆市役所健康福祉部長寿介護課 主査)「過疎高齢化地域での先端技術を用いた地域づくり――地域包括ケアシステムと連動する情報支援ロボット運用に関する住民参加型研究」、D20-ST-0030山田達也(大阪大学医学部医学科 5年生/株式会社GramEye 取締役)「海外薬剤耐性菌問題実態調査とAIを用いた細菌診断補助システムの臨床検査室への導入による利害関係者に発生する影響の調査」の2つです。
この2つは研究体制の観点からも特色があるものです。前者は技術のユーザーである自治体職員がリーダーとなり、様々な専門家を束ねて地域の課題を解決しようとするものです。他方、後者は自らも起業している学生が薬剤耐性菌問題というグローバルな課題に果敢に取り組もうとするものです。
第1のタイプのその他のプロジェクトとしては、D20-ST-0034松井崇(筑波大学体育系/スポーツイノベーション開発研究センター 助教)「eスポーツ科学の推進――スポーツ科学とICTの融合で生み出す次世代スポーツの社会実装に向けて」、D20-ST-0009尾崎幸謙(筑波大学ビジネスサイエンス系 准教授)「健全な資本市場形成のための不正会計検知AIモデルの実用化――会計学・法学・統計学の3領域に実務家の視点を加えた融合研究」があります。
前者は、情報技術を用いたゲームであるeスポーツという分野を開拓していこうとするものであり、後者はAIを不正会計検知のために活用していこうとするものです。後者は、単にAIモデルを開発するだけではなく、様々な専門家・ステークホルダーと連携してそのようなモデルを社会で活用していく際の前提となる課題(不正概念の分野横断的共通化等)にも取り組んでいこうとする点に特色があります。
第2のタイプは、情報技術といった先端技術の教育に関するプロジェクトです。
D20-ST-0033齋藤理(株式会社コー・ワークス エンジニア)「地域課題を題材とした高専における実践型IoT教育カリキュラムの研究」がこれに該当します。地域における情報技術人材が限られる中で、地域の高専を活用して人材育成を図ろうとしている点、また、高専に閉じるのではなく、人材育成の過程の中で高専と地域における初等中等教育との連携が図られている点で特色があります。
第3のタイプは、先端技術が社会に導入される際の倫理的法的社会的課題を俯瞰的に検討するプログラムを構築しようとするプロジェクトです。
D20-ST-0024鹿野祐介(大阪大学社会技術共創研究センター 特任研究員)「「MELSIT」というヴィジョン――領域横断的な「ELSI人材」モデルの共構築と人材育成の協働設計」がこれに該当します。具体的な企業活動と連携して、企業現場における倫理的法的社会的課題の実際を踏まえて、それを一般的なプログラムにつなげていこうという野心を持ったプロジェクトです。
今年度は、これまで以上に、具体的な現場における先端技術の利用可能性と課題を検討する第1のタイプのプロジェクトの採択が多くあったと思います。具体的な現場の中に先端的課題が埋め込まれていることは多いので、その意味では、現場と連携しているというのは望ましいことだと思われます。他方、実践助成ではなく、研究助成であるという本プログラムの性格からすると、このような現場での課題やそれへの対応をより幅広い社会一般の中でどのように位置づけるのかという点にも、より踏み込んでいくことが期待されます。その際には、思想的哲学的課題も現場の課題として突きつけられるように思います。その意味では、第1のタイプと第2のタイプ、あるいは第1のタイプと第3のタイプが融合したようなプロジェクトが今後提案されてくることを期待したいと思います。