公益財団法人トヨタ財団

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JOINT44号 WEB特別版「廃棄される青果の活用とジレンマ」

競りの様子

◉ 林 知香(プログラムオフィサー)

※本ページの内容は広報誌『JOINT』に載せきれなかった情報を追加した拡大版です。

卸売会社の泉さんと秋山さんに聞く

廃棄される青果の活用とジレンマ

泉専務と秋山さん

東京都の卸売市場といえば、真っ先に豊洲が思い浮かぶかもしれません。でも実は、青果に関しては今回訪れた大田が東京に存在する中央卸売市場・全9市場の取扱額の5割強を占め、日本全体でも最大規模を誇る一大物流拠点として機能しています。東日本大震災のさなかにあっても一日も市場を閉めることなく、東京の台所を支え続けたことはあまり知られていないかもしれません。このように生産者と消費者をつなぐ重要な役割を担う大田市場には、日々全国からありとあらゆる青果が搬入され、競りや相対によって捌かれたのち、消費者のもとへと運び出されていきます。その一方で、何らかの理由で廃棄されてしまう青果が発生していることをご存じでしょうか? それらの大部分が焼却処分に回っているとのことで、今回の視察と鼎談では廃棄をめぐる青果の課題に注目しました。

*相対(あいたい):売り手(卸売会社の担当者)と買い手(仲卸の買い付け担当者)が個別に1対1で値段や数量を決めていく取引形態。

まずは、鼎談参加者の皆さんを簡単に紹介しましょう。佐野さんはトヨタ財団x東京大学未来ビジョン研究センター(IFI)による協働事業プログラムの研究員として、アカデミアに身を置いています。農業における仲介市場の役割を通じて持続可能な食や環境、人の関係性の在り方をデザインする研究でご活躍中です。下谷さんは調理師や八百屋勤務の経験から、食べられるにもかかわらず廃棄される食品に対する課題意識を深め、食品ロスを減らす仕組みの構築を目指しています。こちらの二人はそれぞれ別々のプロジェクトを推進中ですが、トヨタ財団の助成対象者同士として知り合い、取り組む課題に共通項のあることから協力関係を築いています。

一方、栗林さんは東京都池袋を拠点に、地域で子どもを見守る活動を中核としながら、まちづくり全般の実践分野で豊富なキャリアを築いています。栗林さんの団体では子ども食堂の運営も行っていることから、廃棄食材の活用に対する関心をお持ちで、本企画のお声がけには二つ返事で参加してくださいました。バックグラウンドもプロジェクトテーマも三者三様ですが、「食」をキーワードに社会をより良い方向に変えられると信じる気持ちは共通しているみなさんです。

この日、初めて市場を訪れる栗林さんや同行した私たち財団スタッフのために、競りの様子から見学させてもらうことになりました。案内してくださったのは、大田市場に3社ある卸売会社のうちの一社である、東京青果株式会社の秋山良文さんです。9月も終わりに近づき、ちょうど松茸の初競りに立ち会うことができました。マスクメロンやシャインマスカットの活気に満ちた競りの様子もぐるりと見学したあと、同社の泉英和専務にもお越しいただき、ヒアリング調査を行いました。

泉専務と秋山さんのお話によると、青果の廃棄が生じる背景には市場特有の事情があるようです。そもそも中央卸売市場は、東京都が開設・管理し、卸売会社を含む市場関係者の共働により運営されています。市場は公共性・公益性が重視されることから、「受託拒否の禁止」の原則にのっとり、搬入される青果はすべて卸売会社側で引き受ける必要があります。そのため、引き受けたものの時に需要と釣り合わないケースが発生したり、輸送の過程でわずかな傷や傷みが生じ、販売先が見つからない、あるいは卸売会社へ返品となるケースもあります。

とはいえ、実際に廃棄される青果を見せていただいたところ、仮に私がその場で引き取るとすれば、十分食するに値するものが含まれていました。卸売会社が負担する廃棄コストも少なくないといいます。

それならば、必要とされるところに無償で配布すればいいのではないか? いえいえ、その考えは少々単純すぎるようです。その理由として、第一に、市場関係者のあいだには無償提供に対して抵抗感のあることが挙げられます。ほとんどが何かしら瑕疵のあるものとはいえ、無償提供は卸売市場の原則から外れる試みになることを意味します。そのため、「正規の販売先に対して価格面で影響が出るのではないか」という懸念を払拭しうる仕組みや情報提供が求められるところでしょう。しかし、それらが未整備である以上、なかなか一足飛びにはいきません。

第二に、市場側の手間やコストの問題です。寄付用の青果の状態確認や荷捌きには人員が必要となりますが、残念ながら廃棄よりもそれらにかかる負担の方がはるかに大きいのが現状です。第三にリスクの問題です。「これは食べられる」と市場担当者が判断して提供したとしても、人によっては傷んだものを渡されたと感じることが十分に考えられ、責任や信用の問題に転ずる恐れがあるのです。

このような理由から、市場は売れ残りや返品の提供に関心はあっても、二の足を踏む、あるいは初めから提供を考えないといったことにつながっているそうです。したがって、廃棄食材の活用を目指すためには、まず安価でもいいので「買い取る」こと、そして受け手が市場まで引き取りに来ること、つまり傷みの具合を自身の目で確認して納得のうえ持ち帰ること、搬送を自前で行うことを前提に、工夫を凝らして新しい仕組み作りを検討するとよいのではないか。現場の感覚から、泉専務はそのように話してくださいました。

一方で、寄付を受ける側からも課題が提起されているそうです。まず、当てにできないと困るという点です。その日にどんな野菜をどの程度の量もらえるのかが把握できなければ、計画が立たず活用が困難になってしまいます。また、冷蔵庫の確保や保管場所の問題も大きな課題で、生鮮食材の寄付は手放しで喜べないというのが受け手の実情のようです。こうした課題の解決には、さらなる知恵と工夫が求められることが分かりました。

お話をうかがうにつれ、東京青果さんのように外部の調査や新しい試みに関心を寄せる会社が非常に貴重であることを感じました。同社では早くから、市場では珍しい女性社員の採用を積極的に行ってきたとのことで、慣習を変えることや多様性を歓迎する社風が環境や社会問題への取組姿勢にもつながっているのかもしれません。東京青果さんでは、行き先がなく廃棄される青果の山を前に、とにかく活用してほしい、そのために外部の知見を借りたい、と強く願っており、佐野さんや下谷さんに積極的に情報提供をしてくださっています。プロジェクト推進にあたって頼もしい協力者を得られたことは、お二人の大きな糧になっていることと思います。

東京青果の泉専務と秋山さんには、冊子版には紹介しきれなかった興味深いお話をたくさんうかがいました。印象深かったのは、卸売会社主体で廃棄される青果の活用システムを構築することは、現状では難しいというジレンマを抱えていらっしゃるところでした。記事中にも紹介したように、市場関係者の理解と合意を得ることや、コストの問題などを解消することは、一社の意欲のみでは如何ともしがたいためでしょう。しかし、現場の事情に精通していらっしゃることから、何ができて、どこが難しいかという点において複数のアイディアをお持ちでした。たとえば、フードバンクへの期待です。

秋山さんによると、かつての神田市場(1990年まで) のように街中に市場があった頃は、教会の関係者が廃棄となる青果を貰い受けに来ており、受け手側自身で商品の良し悪しを判断して持ち帰ることができていました。それも、台車を引いて徒歩で運ぶことができたそうです。ところが現在では、市場が中心部から離れた場所に移動してしまったため、個々の受け手が直接引き取りに来ることは不可能になりました。そこで、配送車を持ち、配布先の規模の大きいフードバンクを経由する必要性が生まれているのです。その際、フードバンク側で品質確認を行う仕組みと人材を備えることが肝となるだろう、と秋山さんはおっしゃいます。

「正規の販売先に対して価格面で影響が出るのではないか」という市場関係者の懸念についても、販路が別であることについてきちんと説明し、納得が得られれば、誤解は解けるはずだと考えていらっしゃいます。それでも、あえて「安価でもいいので『買い取る』こと」と提案なさるのは、より理解を得やすい形で、早期に仕組みを導入する方がよいのでは、という現場の現実的な感覚なのではないかと感じます。

このように、豊富な経験とアイディアを持ちながらも市場だけでは手の回らない課題や、市場とフードバンクをつないでいくこと、それらを実行する際に生きるのが佐野さんや下谷さんの研究成果であり、栗林さんの実践の実績であると考えます。トヨタ財団のプロジェクト成果が課題解決に向けたアクションを支えるものとなる予感に、今回改めて期待と希望を抱きました。東京青果さん、視察時のご説明に加えて、本記事執筆にあたっても度重なる質問に一つ一つ丁寧に応じてくださり、大変ありがとうございました。今後ともトヨタ財団のプロジェクトをどうぞよろしくお願いいたします!

廃棄される青果について
どうしても廃棄せざるを得ない青果が出てしまう現状と、それを流通させることの難しさについてうかがった

公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.44掲載(加筆web版)
発行日:2024年1月25日

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