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JOINT30号 WEB特別版「先端技術と共創する新たな人間社会」をめぐって

JOINT30号「先端技術と共創する新たな人間社会」をめぐって

司会:大野満(トヨタ財団事務局長)


昨年度新設した研究助成特定課題「先端技術と共創する新たな人間社会」では、AIを始めとする先端技術を社会生活の中で適切に利活用する際にはどういった課題があり、それをどう克服すれば良いのかを検証・提言する研究を募集しました。今号では、初年度の選考をいただいた委員の皆様に、企画書を査読した印象や次年度に向けた期待、応募者へのアドバイス等、自由に語り合っていただきました。


※本ページの内容は広報誌『JOINT』に載せきれなかった情報を追加した拡大版です。

「先端技術と共創する新たな人間社会」をめぐって

城山英明(しろやま・ひであき)
◉城山英明(しろやま・ひであき)
東京大学大学院法学政治学研究科教授。2018年度研究助成プログラム選考委員長

プログラムの趣旨と企画書の印象

大野 最初に選考委員長の城山先生、プログラムの背景や狙いをお話しください。

城山 トヨタ財団の研究助成プログラムでは数年前から「社会の新たな価値の創出をめざして」というかなり幅の広いテーマでプロジェクトを募集してきましたが、2018年度は「先端技術と共創する新たな人間社会」という特定課題を設けました。先端技術、たとえば典型的にはAIやディープラーニングといわれるような技術、あるいはIoTやロボットなどさまざまな新しい技術が出てくるなかで、社会でそのような問題をどのように扱っていったらいいかということについて、重点的に議論をする必要があるのではないかという問題意識に基づき、テーマを絞った形で公募を行ったのです。将来的には人間社会のあり方を考え、構想するのが主たる目的です。

その人間社会のあり方について考えるにあたってはいくつかの観点があるだろうと思います。たとえば新しい技術が生まれてくるなかで、どんなプラスがあるのかということを考えるのも当然必要ですし、同時にどのようなリスク、懸念すべき事項があるのかということを考えることも重要なわけです。リスクとベネフィットとをバランスをとって考えるということが大事です。しばしば世の中ではロボットやAIに仕事を奪われるといったような側面、あるいは個人情報の扱いの課題といった側面に光が当たりやすい。もちろんそういうことを考えるのは重要ですが、どのような形で機械と共存してベネフィットを得ていくのがよいか、ということを考える必要もあります。そのあたりの、技術の社会的な影響に関するアセスメントのようなことをやることは、一つ想定されている中身だろうと思います。

もう一つは、先端技術を使って社会的課題をどのように解決していくのか、また解決していこうとするならどのようなことに配慮しなければならないか、どのような仕組みを作らなければいけないのか、あるいは社会のあり方がそもそもどういう形に変わっていくべきなのか、というようなことを具体的な応用に即して考えることが重要になってきます。もちろんAIなど技術的な手段を用いて社会課題を解決すること自体も大事なのですが、ここではツールとしての技術を使うというだけではなく、むしろそれを使うことによって社会のあり方、たとえば法制度のあり方を含め、どのような変化が求められるかというようなところにまで視野を広げて議論をしていただきたいというようなことが募集の趣旨だと思います。

加えて、このような新しい技術と社会がどのように共存していくか、これはグローバルに同時進行で研究されているテーマであります。そういうグローバルな検討の流れのなかに入っていって共同で研究したり、発信していくことは、日本にとっても極めて重要なことでしょう。そのようななかで国際的なネットワークを作って発信していくことを重視しています。また、特に今年からトヨタ財団研究助成全般において、45歳以下というリーダーの年齢制限を始めましたので、そういう意味では若手の次世代を担う人たちによってネットワークを作っていただきたい、ということも隠れた狙いとしてあるのかなと思っています。

平川秀幸(ひらかわ・ひでゆき)
◉平川秀幸(ひらかわ・ひでゆき)
大阪大学COデザインセンター教授。2018年度研究助成プログラム特定課題選考委員

大野 応募件数は56件でした。企画書を読んでみての印象などを教えてください。

平川 若手に絞ったということもあって、かなり意欲的なテーマも多かったのですが、その一方で課題もありました。城山先生のお話にもあったように、単に先端技術で既存の社会課題を解決するという一次元的なものだけではなく、先端技術を社会に導入することで新たに発生してくる問題にさらにどう取り組んでいくか、その技術が生み出す問題をどう考えるかという、二次元、三次元的な問題に取り込むことがこの助成プログラムのひとつの大きなテーマだと思います。その点でそれを十分に汲み取った提案もあれば、割と先端技術で問題解決というところでとどまっているのもあったりしたので、そのあたりは来年度に向けてどのようにメッセージとして出していくかは大きな課題かなと思います。

他にも、社会的インパクトを直接狙うわけではない学術研究にとどまってしまうのか、それとも何か具体的な社会的インパクトがあるのか、実際に何らかの効果が見えるものなのかという点が、民間財団が支援するかどうかの大きな境目かなと思います。その点で、実際の社会的なインパクトを狙ったものがある一方、これは科研費で出せばいいという、特に大学の研究者からの提案ですとそういうのも少なくなかったので、そのあたりの棲み分けのメッセージも必要かなと思いました。

あと全般的に先端技術というと、やはりAIなど情報技術、ICTに偏ってしまったなという印象があります。一部ゲノム科学に言及したものもあったのですが、ICTだけではなく、ライフサイエンスも人間の生活にとって大きなインパクトを生みますし、倫理的な問題もどんどん発生してくるんですよね。たとえばゲノム編集、先頃ニュースになったデザイナーベイビーの問題もあれば、豚で人間の内臓を作るというような話もあり、その辺で倫理的な問題やルールの問題などがあると思うので、そういうところに取り組んでくれるものがあるといい。さらにもう少し将来を見据えていくとICTとバイオ、ナノテクノロジーの融合みたいな、コンバージングテクノロジーという言い方をしますが、そうしたテーマに取り組んでくれると面白いのではないかと思います。

木村康則(きむら・やすのり)
◉木村康則(きむら・やすのり)
国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター上席フェロー。2018年度研究助成プログラム特定課題選考委員

木村 私はずっと技術者だったという背景があります。最近のAIの流れを見ていて、私はよく言うのですが、我々技術者はいろいろな意味でちょっとやりすぎたなと。つまり技術の問題をさらに技術で解決したがるという傾向があります。それではどうしても行き詰まってしまう。現在はAIが、人間社会というだけではなく、人間の心、人間そのものの中に入り始めてしまっている。今まではツールとして使っていたのですが、知らず知らずのうちに人間自身が影響を受けて左右されているような環境に世の中がなってきてしまっていて、それをまた技術で直す、技術で解決しようというのはちょっと傲慢なのかなという印象を自分自身が持っています。だから、今回こういうテーマでトヨタ財団が助成するというのは私的にはとてもタイムリーですごく良いことだと思いました。

今回選考をさせていただいて、実は同じようなことを考えている人、同じような問題意識を持っている人が多いんだなという印象を持ちました。それは私としてはとても嬉しかったです。今、日本は大きな変革の時期に来ていると言われています。明治維新で日本はガラッと変わった。そして終戦の1945年に、日本はゼロからもう一度立ち上がった。そして今はこの二つに匹敵するような第三の大きな変革の時期に来ている。それは技術がすごく攻めてきていて、それを我々人間がどうハンドリングしていくか、折り合いをつけるかという時期に来ているということなのかなと。我々がやってきたことに対して、我々自身がどう折り合いをつけて制御していくかという時期に来ているのかなと思うので、このようなテーマはとても面白いと思います。

選考委員会で採択した7件に関してもそのような問題意識を持って、法律の話もあるし、ヘルスケアの話もあるし、文化的に少し見直そうというのもあるし、バランスの取れた案件を挙げられたのではないかと思っています。ただ平川先生がおっしゃったように、もう少しライフとか社会制度に言及するプロジェクトがあってもよかったですね。少し批判的な見方をすると、現在の延長線上にあるテーマが多かったのかなという感じもしていて、もっとラジカルに科研費では当然できないような、枠を外れたようなテーマがあってもいいのではと。まったくないというわけではないですが、そういう意味で若い方が突拍子もない発想で何かを試みるというのが、もう少しあるとよかったなという印象です。

城山 今年から始まったプログラムで限られた周知期間だったと思うのですが、56件応募をいただいて、かなり幅広いいろいろなテーマで関心を持っていただいたかなというのが率直な印象で、この特定課題を作って1年目としてはとてもいい第一歩を踏み出せたという感じがしています。

その上で全体を見てみると私もいくつか感想がありまして、一つは現場の社会課題にどう取り組むかというのは、新しい技術を考える上で重要なテーマで、どこを現場にしてそのようなことを考えるのかというのは大事なのですが、良くも悪くも介護とか福祉の分野にかなり集中していたかなという印象があります。おそらくこれは高齢化社会の中でとりあえず身近に考えられるテーマですし、文化による違いみたいなことも出てくるので、研究するとっかかりとしていいテーマだという理由があると思います。他方、先端技術を使うという意味でいうと、もうちょっと多様な局面を考える必要があるように思います。

現実の世の中で問題になっている車の自動運転といった短期的な課題があまり出てこなかったというのもこのプログラムの一つの特徴でしょう。テーマを広く設定したので福祉とか介護の話が多かったのだろうと思うのですが、欲をいえば、もっとさまざまなテーマがあるという気がします。平川先生が言われたような情報技術だけじゃなくてライフサイエンスというのもそうでしょうし、世の中におけるインプリケーションを考えても、もっといろいろな局面に広げていけるといいかなという感じを持ちました。

それからもう一つは募集要項にも書いてあったと思うのですが、歴史みたいなことも面白いかなというのが企画段階での思いとしてはありました。つまり今の技術に対してどう対応するか、これはまさに我々が解かなければいけない問いなのですが、過去には過去の先端技術があって、それが社会に入ってきた時にどういう影響を及ぼしたのか、特にAIに関しては、自動化ということでいえば、それが社会のプロセスとどういう相互作用を起こして変わってきたのかという歴史もあるわけであって、そういうテーマは今を考える上では参考になり得るのかなと。そういう意味で幅を広げる一つのやり方として、歴史を考えてみるということもあったのかなと思います。

木村先生が言われたもっとラジカルな問題提起ということですが、今の社会的課題という時に法制度なども一つの例だと思います。実際にやっていこうと思うとどんな制度や規制を変えていかなければいけないのかということは短期的には重要です。しかし、それだけではなく、社会のあり方としてどういうものが望ましいのかなど、技術の発展のためというのではなく、社会のあり方そのものを問うようなことも重要な課題としてはあり得るのかなと思います。

たとえば個人情報の話というのは単にプライバシーをどうしたらいいかということのみならず、プライバシーをめぐるあるべき姿に関する概念の問題があるわけです。昔の村社会じゃないですけれども、かつてはお互いがお互いのことをわかっていて、この人が信用できるかできないのかというのはドキュメントがなくても判断できて、この人にはお金を貸してもいいかダメかというのが分かっていたわけですね。今の中国の金融のシステムなんかはこれに近くて、個人の行動履歴をとることで、確かにプライバシーの上では問題かもしれないけれども、金融アクセスは容易になったりするわけです。顔見知りの社会には良い面と悪い面があるわけですよね。そういうのがそもそも社会のあり方としてどうかというのも考えられる一つのテーマだと思います。

また、木村先生が言われたなかでなるほどなと思ったのは、心の中にまで機械が入ってくるとなった時に、自己や個人って一体何なのかっていう哲学的な問いもあるわけなので、そういうことに踏み込むようなことを考えていただくのも長期的な将来の社会を考えるうえでは重要なのかなと思います。そういう意味ではまだまだ取り組んでいただきたい課題は他にもあるのではないかという印象を持っています。

城山英明×木村康則×平川秀幸

採択候補7件について感想と意見
*2018年度研究助成プログラム特定課題「先端技術と共創する新たな人間社会」の助成対象者一覧はこちらからご覧いただけます。

大野 科研費でも取り上げられるような案件、もしくはある程度ゴールが見えているというのはあまり取り上げず、ラジカルなあるいは突拍子もないようなものをというご発言もありました。採択候補の中にはそのようなのもあるのでしょうが、一方で助成財団側としてどう転ぶかわからないものにばかり助成するというのは、ちょっとまずいような気もしています。

木村 少し保守的な言い方をすると、私はポートフォリオだと思います。いろいろなプロジェクトをやるときに、変な言い方ですが、これは確実に形になるなというのと、これはどちらに振れるか分からない、大化けするかもしれないけど下手すると0かもしれないというのを、7対3、6対4、5対5といったようなプロジェクトの割合として判断するのだと思います。

平川 私も木村先生と同じでポートフォリオだと思います。あとは科研費との違いということで言うと、先ほども言いましたが、社会的なインパクトの部分がどれだけちゃんと視野に入っているかというのを見たいと思います。科研費だと学術的な分野でインパクトがあるというのが大事ですが、民間財団が助成する場合はさらにそれを超えて実際の社会の制度や社会のなかの仕事の現場への還元など、実際の何らかの具体的な社会的な効果が研究計画の中にちゃんと入っているというのが大きな違いになってくるので、そういう手堅さがある部分と、化けるかもしれないというハイリスクなものでポートフォリオを組むというのが科研費との大きな違いかなという気がします。

城山 まさにポートフォリオを作っていくためにどういうプロセスを経るかというのが、民間財団の研究助成プログラムの工夫のしどころです。今回も説明会を開催すると同時に事前に意見交換の場を作ったりもしましたし、おそらくこれからプログラムを運営していくうえでフィードバックなり相互作用をやるということもあると思います。そういうなかでポートフォリオ全体を見ながらこのくらいだったら大丈夫かな、というのを考えながらバランスをとっていくことが大切だろうと思います。

大野 では、選考委員会で採択していただいた7件についてお話ください。

平川 先ほど城山先生がおっしゃった社会のあり方自体を問うというのも大事だというのがありましたが、私自身もそう思っていて、単に技術だけではなく、技術をドライブしていく価値、実現したいあるいは実現されるだろうと社会の中で無意識的に共有されているイマジネーションやビジョン、そういうものに対する反省やその組み換えを狙ったものって結構大事だなと思います。

その点で、応募提案の中でそれに近いものが西條さんのプロジェクトです。機械と人間の情緒的なものというところに注目している点、通常機械と人間の関係というとあまり情緒には注目しなくて、人間の思考や認知への影響・効果など、知的なところに注目するのですが、実は人間って割と機械やぬいぐるみなどでも情緒的なものを感じているわけですね。その点でアフェクティブなものに注目し、掘り下げていくことは、我々が潜在的に持っている価値やビジョンということに通底する話として面白い議論かなと思っていまして、このプロジェクトは結構ユニークだと期待しています。

あとは応募が多かったと先ほども話題になった介護の話ですね。介護のなかでも小舘さんのプロジェクトは人とロボットの共創型医療ということですが、その中核にあるのが「Aging in Place」というコンセプトでした。その場所で歳をとっていく、介護施設に行くというのではなくて老いたい場所で老いていくという、ある種の実現したい価値の提案にもなっている。単に技術としての提案、あるいは技術を制度的に導入する場合に生じうる問題への対応策ではなくて、こういう社会はどうですか、こういう生き方、死に方、老い方はどうですかという価値の提案にもなっている点で面白かったなと思います。この辺りが実際にプロジェクトを進めるなかでメッセージやアウトプットとして出てくるとユニークな研究になるのではないでしょうか。

木村 西條さんの話は、我々現場の人間からからするとまだちょっと遠いかなと思うのですが、先ほど申し上げたように人間の感情とか愛情みたいなところ、あるいは人間の本能的なものに対してどう切り込んでいこうとされているか、こういうのはラジカル性が多少あるのかなと。こういうところで何か気が付いてなかったことが分かればそれはそれですごく大きなインパクトがあるんじゃないかと思いますし、それをここで全部やるんじゃなくて、現場、技術の分野に持って来た時に何が起こるんだろうかということは、私としてはとても興味があります。人間がやることって生々しい面がある。しかし、そこは定量化できないし技術で取り扱えないので、ある種逃げているところがあるわけです。そういう部分に対して踏み込んでいこうとされているのが非常に面白いなと思いました。

あとは熊澤さんの「風土論」というのが面白いと思いました。言葉としてこういう形で物事を日本的に見てみるというのが私は好きなんですけれども、それがどういうインパクトを及ぼすかということも含めて期待を持っています。

それから楊井さん。これは問題として非常に重要なところで、人間の面白さが非常に入ってくるところ。ここでの価値観というのは何が1で何がゼロかというのは見えないと思います。人によって立場が違えばある人が見てゼロでも他の人から見れば1というのはありえるので、そういうところの深掘りのための一つのアプローチとしてこういうのがあるというのは、我々にとって非常に参考になるし期待を持てます。アメリカなんかではこういうことはもうずいぶんやられていますが、逆に色がついたやり方もあったりするので、もっと日本的にバランスが取れた形でできるといいんじゃないかなと思っています。

城山 先ほども申し上げたようにいろいろなタイプのプロジェクトが出てきて、いい意味でのポートフォリオになっているなという感じはしています。たとえば寺田さんのプロジェクトは先端技術を活用する法的課題について俯瞰的に見るもので、かなり堅実な課題設定をしていると思います。このプロジェクトが面白いのは、一つは若手の法律家である寺田さん自身が中心になって、比較的若い人たちのネットワークを作ってそれを動かしていこうとしているという点。私も法学部に勤めていますが、技術との接点で法律学者がかなり前のめりに入っていく分野ってなかなかないのですが、この分野は比較的若手の30代、40代くらいの人が積極的に動いている分野で、そういう人たちをうまくつなげてネットワークを作って動かしていこうとしているところがすごく意欲的だなと感じました。あとは個々の法的課題以外に特区の話に注目をしてる。新しい領域におけるルールの作り方ですよね。中央の省庁で検討して変えていくだけでは間に合わないので、特区のようなところで実験的なことをやって、その実験をどのようにフィードバックするのかみたいなことを、各地域にメンバーが分散しているということもあって、現場のフィードバックの動きを見ていこうということを強調されている。ルールメイキングのプロセスを観察したり、それを今後どうしていったらいいのかというのは、多分社会のあり方としてかなり本質的なところに関わるテーマかなと思います。

小舘さんのプロジェクトは我々が期待しているいろいろな要素をうまく組み合わせていただいているなという印象を受けています。日本、アイルランド、香港、フランスの比較でもありますし、法律や政治をやっている人たちと、介護や福祉をやっている人たち、一部技術に関わっている人たちが連携してやるという、よく設計された研究だなと思います。先ほど平川先生が「Aging in Place」とおっしゃいましたが、こういう比較を通してでしか見えてこないことをうまく切り出してもらえると、我々もいろいろ気付かせてもらえるのかなという感想を持ちました。

それから先ほど介護や福祉のテーマが多いという話をしましたが、もう一つこの分野で採択したのは髙岡さんのプロジェクト。これは実際にはその自治体の現場のなかでデジタルトランスフォーメーションをどうやって入れていくか、そういう点では今回採択としたもののなかで楊井さんの案件と共に現場性が極めて高いと思います。おそらく現場のなかでしか見えてこないものというのはいろいろあると思うのですが、そういうものをぜひ切り取ってもらいたいなという期待を持って採択しました。おそらく現場では労働の負荷を減らすというプラスだけではなくさまざまな課題がマイナスも含めて見えてくると思うので、そういうものも丁寧に拾っていただけると現場をベースにしたプロジェクトとしての強みが出てくるような気がします。

あとは木村先生もおっしゃいましたが、私も風土論は面白いと思います。風土論は伝統的には自然と人間の関係のあり方が社会や地域によってどう違うのかということを見てきたのだと思いますが、そこに人工物とか機械が入ってきた時に人間と機械との関係、自然環境も入るのかもしれませんが、そこがどう変わってくるのか。こういう問題設定は大事だなという感じを受けました。

私は研究助成の本体の方も選考委員長をさせていただいています。その研究対象として比較的多い研究は、いろいろな地域の文化人類学的研究といいますか、社会が現場でどういう論理に基づいて動いているのかというのを踏まえたうえで関与をしていこうというタイプの研究です。先端技術のような分野においてもこういうある種の文化人類学的な手法といいますか、観点で切り込んでいくというのは、多分バランスをとる意味で良いのではないかなと思います。そういう意味ではポートフォリオのなかにこういうのが入っていると、他のプロジェクトにとっても刺激になるのではないかと思います。

平川 江間さんのプロジェクトは、先ほど城山先生が言及された寺田さんのプロジェクトにも共通するポイントなのですが、若手の研究者集団のネットワークが形成されていくというのは今回の助成プロジェクトだけで終わらないで、さらにその先の研究プロジェクトの発展性のコアになっていくのではないかと期待しています。若手の中でのフォーマル、インフォーマルな繋がりができていて、こういうテーマだったらあの人がやっているというように知り合うだけでも、今後単にアカデミックな世界での研究者集団というだけではなく、社会の中で力を発揮する専門家集団のネットワークができるというのは重要だと思います。

たとえば省庁で新しい法制度を作るために専門家からの助言が必要となったとき、誰に当たると一番適切な助言をもらえるか、どういう人たちに当たっていくとさらにもっと面白い人を紹介してもらえるのかというのはとても大事です。そうしたことに対応できるような研究者のネットワークがある程度できていて、さらにそれが、寺田さんのプロジェクトの場合は特にそうですけれども、実際に総務省などでの委員会の委員をやっていたりなど、すでに政策実務に関わっている人たちにも繋がりがあったりすると、将来的に、国の政策立案に対する専門的な助言を行う基盤になりますし、さらにはもっと広く企業やNGO、市民社会なども含めて社会の中で大事なバーチャルなシンクタンクとして機能していくことことが期待できます。それを育てていくきっかけにもなるというのが今回の大きなテーマかなと。

江間さんのプロジェクトは若手中心ながら、この分野では結構アクティブにAIの倫理的・法的・社会的な問題について取り組んで、いろいろな分野の研究者たちをつなげていて、かつ国際的なネットワークとも積極的に回路を作っていっている。今後のバーチャルなシンクタンク形成というところで非常に期待が持てますので、今回トヨタ財団として助成する意義は大変大きいのではないかと思いました。

民間としての知識生産システムの研究

大野 プロジェクトからのアウトプットがとても大切だと思うのですが、どのようなスタイルが望ましいとお考えでしょうか。

城山 アウトプットは論文だけではないというメッセージは大事かもしれませんね。さまざまな形での社会発信というのをぜひ考えていただきたい。このJOINT誌に寄稿していただくというのもいいですよね。

木村 財団でワークショップなどをやられると思うのですが、そういう時に少しそういった点を刺激するようなことをしあってもいいかなと思います。実は我々情報の分野で、社会に大きな影響を与えたものが論文で書かれていたということがほとんどないんです。たとえばGAFAの人が書いた論文って滅多に見ませんよね。価値判断がずいぶん我々の業界でも変わってきているなと感じるので、世の中に訴えることによって成果を見せていくというのがひとつの手段として、それはいろんな意味で正しいやり方なのではないかと思います。

城山 そういう意味では、ある種の知識生産のシステムみたいなものも研究対象としてみたら面白いかもしれないですね。我々は文系なので理系は……、といったようにひとくくりにしてしまいますけども、そういう違うシステムの中で新しい情報というか新しい知識が生産されているというのが、新しい社会のあり方のひとつの側面ですしね。

木村 それは民主主義的かもしれませんね。GAFAとかは、市場主義の極限をやっているわけで、それをどう捉えて、どう世の中の進歩を見るか、どう動いていて、今後どうあるべきかを考えることそのものが、一つの大きな研究テーマかなと。

JSTにいると東海岸のワシントンの政府の科学技術予算がどうなっているかというのは分かるのですが、それではアメリカの半分しか見ていないということですよね。ITに関していえば半分以下かもしれません。でも中国を見た時に、中国はほとんどトップダウンでやっています。政府の方針がほぼ8割か9割。特徴もよく見極めなければいけないし、国家予算における科学予算のアメリカと中国を比較したって正しい比較になっていないということもありえるし、何度も同じことを言うようですが、アプローチの仕方や評価の仕方、仕組みとしてそれをどう解釈するかということ自体が大きなテーマだなと思っています。

平川 新しい知識生産のあり方ということでは、近年注目されている動きにシチズンサイエンスがあります。いろんなタイプがあるのですが、共通しているのは、研究とは専門家がやるものだという考え方、私は研究する人、私はその成果を使う人、みたいな関係が崩れ、従来「素人」とされた人たちも研究の主体となり、社会のあちこちに知識生産の現場が広がってきているということです。

民間財団として支援するものとしては、そういうシチズンサイエンス的なものをNPOや市民グループが主体となって、プロの研究者も巻き込みつつやるようなものがあると面白いかなと。それも単に楽しみとしてやるとか、技術を使って新しいものをやるとかいう話だけではなくて、先ほど木村先生がおっしゃったような既存の資本主義市場のシステムに対してどうシチズンとして切り込んでいくか、それに対する批判的でかつクリエイティブなものを見出すような取り組みも、今後探していけたら面白いかなと思いますね。

城山英明×木村康則×平川秀幸

現場と研究、そして個々のプロジェクトをつなげる

大野 以上のご意見をふまえ、次年度への期待やアドバイスなどをお願いします。

平川 先ほどの知識生産の話の直前に出ていたアウトプットの仕方というのを含めて考えると、今回ICTとかバイオなんかでもそうですけれども、単に5年10年だけじゃなくその先の20年30年、もしかしたら50年スパンで考えるくらいのイマジネーションが非常に大事です。それをどう社会に、研究のアウトプットという点でも作り出すか、イマジネーションをどう刺激してそれを表現するかということを考えると、たとえばアーティストとコラボするみたいなことも面白い。研究者とSF作家でもいいでしょうし、あるいはドラマやアニメを作る人、芸術作品を作る人、そういう多彩なアーティストと組んで表現するというのもありだなと思います。

バイオアートというアートの分野があって、合成生物学など最先端や近未来のバイオサイエンスをアートとして先取り的に表現していて、ある種の問題提起や新しい可能性の提案にもなっているんです。こんなものができちゃったとしたら皆さんどう思いますか、みたいな問題提起のための作品というのも結構あります。そうした作品制作以外でも、小説やアニメーション、映画やそのシナリオ。そういうアウトプットに向けて、研究者とアーティストの共創、さらにはステークホルダーも関わったりすると面白いでしょう。来年度、たとえばこんなのも応援しますみたいなことで、プログラムに組み入れれば手をあげる人はそれなりにいるかもしれません。

木村 最初に平川先生がおっしゃったライフサイエンスに関して、今回正面からライフサイエンスに対してというテーマがあまりなかったような気がします。でもライフというのはやはりすごく重要で、たとえば病気の話や高齢化、そういう基礎的な研究のところですし、生活にも直接関わると思うので、ライフの分野のテーマを入れておいていただけると良いかなと。多分ライフって実験などをするには費用がかかる分野だと思うんですよね。なのでそこで躊躇されたのもあるのかなと思うのですが、ライフと社会との関わり合いみたいなところの分野で一つのテーマになり得ると思うので、来年度以降に期待したいと思います。

城山 ライフ自体が情報だっていう話がありますよね。そういうのを統合的に考えてみるということはあり得るでしょう。2018年度の募集要項は、ディープラーニングとか人工知能みたいなところにかなり重点を置いてしまっているので、そこをもう少し幅広なものに変えてもいいのかもしれないと思います。

平川 特に海外では人工知能やロボティクス、さらにゲノムやナノテクノロジーなどは、まとめてコンバージングテクノロジーという言葉で話されることが多いですよね。それぞれ別々のテクノロジーではなくて、融合して、エネルギーや環境、情報処理、医療などさまざまな領域で新しい技術やビジネスが生まれてくる。それによって社会のあり方だけでなく、人体のあり方、人間のアイデンティティそのものが変わってくる。そういう可能性にイマジネーションを広げていくのは、これからの技術と社会の変化を見通す上でかなり大事な着眼点です。そこを刺激できるような仕掛けがあるといいですね。

城山 今回は福祉のものと情報補正のNPOのものと二つあるのですが、そういうのがいろんなバリエーションで出てくるといいかなという感じがしました。現場の課題だけをやろうと思うとそれだけでどんどんやることが増えてきてしまうので、研究としての新味が見い出しにくい。逆に研究の方に行き過ぎてしまうと現場から切り離されてしまうみたいなところがあって、適度な距離感でやってもらうにはどうしたらいいのか、なかなか難しいという感じはします。

ただ、トヨタ財団には民間の現場を支援する国内助成があるので、本当の意味で連携できるといいなと。まずは国内助成に現場の話があって、そこにAIを入れるとどうなるかというような話が出たときに、引き取り先が研究助成にあり、そこで研究を進めたうえで、更なる現場展開はまた国内助成でやってもらうというような組み合わせができると、プログラムを超えたいい繋がりができる。これがうまくできるとトヨタ財団としての一つのシンボリックな意味合いもあるかなという気がします。

木村 民間財団ですから、たとえば文科省や経産省など国がやるよりもう少し自由度が高いと思うので、国がやるものよりは少し幅広く考えて、残念ながら何億という資金を一つのプロジェクトに出せるわけではないので、たとえばここでやったことは問題提起として世の中に共有されるようにして、次の大きなプロジェクトのインプットになるような問題提言のプロジェクトの性格があるといいかなと思います。

逆に城山先生がおっしゃったように、大きなプロジェクトをやった後にそれがどうだったのか、そこに次のステップとしてどうあるべきだったのかみたいなところをもう一度見直してみるための、個々にやったプロジェクトをつなげるような、物事を広げるために思考する期間、テーマを考えて大きな研究領域にするための、そういう分野の探索というような立ち位置であってもいいのかなと。それが全体的に広がっていけば、今回はAIと技術とか社会とかっていう観点でやりましたが、それがライフとの関係というのもあると思いますし、そういう形で広がっていくような社会への貢献の仕方というのもあるのかなと思いました。

複数のタイムスパンと多様なものの共存を

大野 先端技術ということで考えると、スピード感も重要ではありませんか。丁寧な支援の仕方というのも私たちの資金規模からすればあるべきだろうと思うのですが、一方そのようなスローペースでいいのかなという思いもあります。

城山 終わってから初めて共有化するということではなく、同時進行でもいいわけですよね。プロジェクトにはネットワーク型のものも多いですし、このプログラム自体がすでにネットワーク形だと思うので、総括して結論して提言しましょうという話ではなく、むしろそういう場を作っていきましょうということなので、なるべく情報共有をリアルタイムでやりましょうということとは矛盾しない形で運用することはできるのではないかと思います。
ただ先ほどのアウトプットの件とも繋がってきて、アウトプットは論文だということになってしまうとレビューだなんだということで遅くなってしまうので、むしろそうではない形で共有化して、しかも共有化されたことが評価されるような、そういう仕組みの一部になるようなことが重要ではないでしょうか。

平川 複数のタイムスパンが同時にあると思うんですね。というのは、たとえば3か月以内に答えが欲しいという時にポンとちゃんといいものを出すためにはそれなりに下積みが大事で、先ほど木村先生がおっしゃったような、研究の取り組みやそれへのリフレクションを早い段階から中長期的なスパンで備えていくことが不可欠です。その備えを作っていくための部分をポートフォリオの一部として入れていく。そうすることで、やがて緊急で答えが欲しい時にもいろんな成果のストックを利用できるようになります。それを育てていくというのは重要なテーマですが、競争的資金による研究助成では短期的な成果を求められがちです。とくに国立大学では運営費交付金が減っていることもあり、息の長い研究を続けるのが難しくなっているという状況もあります。そのあたりで新しい民間と国の研究助成の役割分担というのもあるのかなと考えます。

木村 時間軸って種類にもよると思うんですが、今はどうしても3か月か半年単位でまわすという方にお金が行き過ぎているというふうに私は感じているので、もう少しじっくり考えようよみたいな、それくらい余裕があってもいいんじゃないかと思います。それは、次のステップの大きな花が咲くための準備期間じゃないかなあと。
先ほど申し上げたGAFAでも本当にビジネスをやっている人たちってたくさんいるんですけれど、どうも1割くらいの人たちはこの人たち何をやっているんだっけ、哲学をやっているんじゃないかみたいな人が従業員としていたりするわけです。その余裕が日本にはないんだろうなと。車でいう「遊び」と一緒で、そういうのがあってもいいかなと思います。この前アメリカのワークショップで会ったのですが、IBMにチーフエコノミストという肩書の人がいたんですよ。なんでIBMにチーフエコノミストがいるんだろうとちょっと思って略歴を見ると、アメリカの世界銀行とかそういう所にいた人。技術が専門ではないであろう人を雇っているんですよね。そういう余裕というのが残念ながら日本の会社にはない。

お城の石垣というのは大きな石ばかりでは崩れてしまう。小さな石があって初めて強く硬くなるわけで、そういうバラエティというのが大切です。最近の言葉でいうとダイバーシティというんですかね。そういうのは絶対必要だと思います。どうしても日本人は一方に行き過ぎてしまうので、そういう意識は持っておいたほうがいいですね。

大野 助成対象者のネットワーク構築というのもあるんでしょうけれども、財団がプラットフォームやネットワークを意識して構築するくらいの狙いも底流に持っておくというのは一つの手法かもしれませんね。

話は変わりますが助成金の単価予算規模ですけれども、高ければいいというものではないというお話も伺いまして、結局1000万円くらいのものと小規模のものは500万円という条件を設定して公募を行い、実際それにある程度合わせるような形で企画書をいただいているのですが、その予算レベルについてはどう思われますか。

城山 見てみると1000万円までいかないものも結構ありましたよね。この規模でネットワーク型研究を行うのであれば、500万〜600万円くらいの予算でもできることは結構あるのかなという感じがしました。ただし若手の研究員的な人をフルタイムに使おうと思うと当然それでは足りなくなってくるので、そういうことを考えると一定の規模は必要なのかなと。ただそういうのが必要なのは一部だということでこのプログラムはいいのかなという感じはします。

平川 若手を雇用しようとするとそれだけで数百万かかりますものね。フルタイムだともっとかかりますよね。

城山 数百万では、実際は学生をつけるという程度の規模ですよね。

木村 我々技術者畑だと、普通人を一人雇うと給料以外にも設備とかいろいろかかるので2000万円くらい、ソフト関係だと1500〜1600万円、半導体関係だと一人3000万〜4000万円くらいとイメージするのですが、そういう感覚からすると随分少ないなという印象はあります。ただ研究テーマとして、先ほども申し上げたような性格としてやるのであればそんなに大きな額は必要ないでしょう。設備を買うわけでもないですし、妥当かなと思います。研究の種類によってはフィールドワークをするとなるとアルバイトを雇うとか院生を雇う必要が出てきて、そうなるとそれなりの額になるのかなと。でもそれはテーマに依存するのかなという気もしますね。あまり大きな額をつけても使いきれなかったり、あればあったで使ってしまうし、皆さんなければないでなんとかやるしというところかなと思います。

大野 本日はありがとうございました。

公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.30掲載(加筆web版)
発行日:2019年4月12日

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